花摘みの季節

先週から桃の摘花のアルバイトが始まった。今年の桜は去年より2週間早かったが、桃も同じくらい早いペースで咲いている。来週はサクランボの授粉だろう。

同じ農業でも米や野菜と違い、果樹は足元が泥だらけにはならないので長靴をはかなくてよい。基本的にはかがむ姿勢もなく、むしろ背伸びをしたり脚立にのる作業だから、比較的身体は楽だと思うのだが、それでも最初の2~3日は腰が痛くなって我ながら驚いた。大きな木だと1本の花を摘み終えるのに数時間かかるが、その間の脚立の乗り降りでバランスをとるのに、下腹部に力が入らない、すなわち骨盤底の筋肉が衰えているから腰に来るのだ。ヨガ風にいうとバンダが全く使えてない状態(笑)。身体というのは使わないとどんどん退化するのが恐ろしい。

IMG_E1652

そのバイトから帰ってきて、昨日も今日もすぐお風呂に入った。昨日は冷たい雨で身体が冷えたから。そして今日は暑くて汗をかいたから。なんだって最高気温が10度以上違う。もともと福島は東京などと比べて昼夜の寒暖差が大きく、それで果物はきれいに色づいたり甘くなったりするんだそうだが、こう変化が激しいと人間がついていくのはなかなか大変である。

たまに図書館で、東洋経済とかダイヤモンドとかのいわゆるビジネス誌をざっとまとめ読みするのだが、そういう本に出てくる経済専門家の人たちは、少子高齢化が進む日本経済の今後の鍵を握るのはイノベーションだという。イノベーション=テクノロジーというわけではないが、やはりAIとかロボットを含めた技術革新に期待する部分は大きいと思われる。先日読んだ号でも、物流や小売、医療や介護などの現場で進む自動化・省力化の例が紹介されていた。

そこで、どうしても思ってしまう。桃の花の向きを見て、枝の太さや枝の込み具合を見て、その枝にいくつの花を残すかを決め、花芽の脇から出ている葉を傷つけないようにして花を摘んでいく。この作業を、AI搭載の摘花ロボットが学習して完璧にこなせる日がくるのだろうか……

広告

なんだか今年はやたらと桜が早い。振り返ってみると、昨年近所の荒川土手で花見をしたのが4月16日だったから、今年は2週間以上早い感じだ。福島市内も、昨日今日あたりは昼間半袖でもいいくらいの陽気だった。普通なら、日本国民みな心おどる桜の季節である。ましてこの冬はいつもより寒くて長かった気がするから、ことのほか春が待ち遠しかった人も多かろう。私も晴れやかな気分で去年と同じような花見の話でも書きたいところなのだが、今年は桜を見るのがつらい。

54年近くも生きていると、親の世代だけでなく同年代の友人の葬式も既に何度か経験している。が、20歳以上も若い友人に急病で先立たれるのは初めてだ。

DSC_1168

私は夜桜の下で酒を飲む花見というのものには大してそそられないのであるが、去年の4月16日、ご近所のSちゃんが誘ってくれて、彼女が出勤する前のモーニング花見というのものをした。朝のまだ少しひんやりした空気の中、荒川土手の満開のソメイヨシノを愛でながら朝食を食べる、というはなかなかオツであった。

そのときの記事にも書いたとおりで、Sちゃんは私とはあながち親子でもおかしくないくらい年が離れていたにもかかわらず、ご近所のよしみでよく付き合ってくれた。我が家の女子会にもほとんど常連で来てくれていたし、何度となく一緒に食事をした。さすがにこれだけ年齢差があると、いわゆるコイバナをすることはなかったが(されてもオバサンは的を得たコメントができないからねw)、話せることはいくらでもあった。最初に会ったのは2015年夏だから大して長い付き合いではない。けれど、もともと二人とも「復興支援」という名目で関東から福島にやってきて、同じNPOの同じプログラムに参加していたこともあるから、共通の話題には事欠かなかったのだ。

Sちゃんは研究者らしく知性のかたまりで、頭の回転は剃刀のようだった。いつだったか、私の書いた数ページの記事をスマホ画面でチラ見した直後、私が内心「ここをもう少しきちんと書けばよかったな」と反省していた部分をズバリと指摘されて驚いたことがある。一方、ルックスも人当たりも剃刀とは正反対で、いつも自分より先に他人のことを考える、困っている人を見ると放っておけないタイプの典型だった。一見ちょっと複雑に曲がっているようで実はとことん真っ直ぐな性根は、独特の「Sちゃんワールド」のおかげでカモフラージュされてしまうこともあったかしれない。彼女はこちらをどう思っていたかしらないが、私はだいぶ歳の離れた妹みたいな感覚で、そんなSちゃんの頼もしさと危うさを一定の距離から眺めていたのだった。ときには年齢を笠に着て説教じみた話もしたと記憶する。

が、近くにいてくれた妹のようなSちゃんは、おひとりさまの私にとってこそ大きな存在だったのだ。いなくなって初めて、私はそのことに気づき始めている。急に逝ってしまったが最期のお別れもでき、ご親族とお会いして形見分けもしていただけたのは、本当に有難いことだった。

こういうときに心を落ち着かせ、気持ちを整理するための方法は人それぞれだと思う。私の場合は、こうして書くことしかできないから書かせてもらいました。Sちゃん、今年は花見ができなくて残念です。短い間だったけど本当にありがとうね。あなたの分まで引き受けられるかどうかわからないけど、ねえさんは残された人生をしっかり生きますよ。合掌。

いつまでアニバーサリーなんだろう

オリンピックでやたらと賑やかだった2月が終わり、3月に入って全国テレビでいきなり東日本大震災関連の特番が増えたと思ったら、11日を過ぎるとまたパッタリなくなった。毎年のことで、別に怪しからんとも思わない。年月が過ぎれば報道量が減るのは当然のことだと思うが、全国とローカルとの情報量のギャップは単純にオモシロイなと思う。

福島県に住んでいると、震災、というか原発事故はまだ日々オンゴーイングの事柄で、ローカルニュースで原発、避難区域、被災者という言葉が出ない日はまずない。各地の放射線量を伝えるコーナーも、天気予報とワンセットでもう「暮らしの一部」みたいな感じだ。とはいえ福島県も広いから、直接の被災地とそれ以外の場所とでは「3月11日」の意味には濃淡がある。

1年前の3月11日、まだ私は浪江町役場に勤めていた。当時はまだ全町避難中で(その20日後に一部で避難指示が解除された)、その日は例年通り、慰霊祭や追悼式、海岸では行方不明者の一斉捜索も行われた。私自身がそういうシゴトに直接携わったわけではないが、常にそういう現場に近いところにいたし、日常的にも除染、賠償、避難、復旧・復興、そういうボキャブラリに囲まれていたので、大震災と原発事故はある意味「日常」であり「身近な」存在だったと思う。

その役場を離れて約1年たった今年の3月11日は、どうも感じ方が違った。思い出したようにプッシュしてくるマスコミの特集を見ていて、昨年までは感じなかった、なんとも胸苦しい気分になったのだ。昨年までなら冷静に見られたはずの「フクシマ」関連の特集も、途中でチャネルを変えたくなった。

なぜだろうと考えてみるに、それはおそらく、自分だって1年間忘れていたじゃないか、という「疚しさ」ではないかと思い至る。無論、フリーになってから受けた仕事で被災地を取材することは何度もあったから、震災・原発事故を完全に忘れていたわけではない。ローカルニュースが毎日リマインドしてくれるのも上述の通りだ。それでも被災地という「現場」を離れて1年近くも経つと、同じ県民であっても記憶は薄れる。いや、できごと自体の記憶が薄れるのは当然なのだが、あのとき「学んだはずのこと」すら忘れてしまっている。それを思い出させられる胸苦しさなのだ、きっと。今年のアニバーサリーに何か月ぶりかで浪江に向かったのは、日曜日でイベントをやっていたからとか、単に仕事がなくて暇だったから、というだけではない。おそらくその疚しさに自分で落とし前をつけたかったからだと思う。

果たして、11日を過ぎたら胸苦しさもパタッと止んだ。ちゃんと落とし前がつけられたからではなく、そういう報道がパタッと止んだせいだろう。所詮そんな程度のものなのだ。私があのとき「学んだはずのこと」も、年を追うごとにそうやって風化していくのは止められない。

が、それでも。

それでも、私のなかで何かがそれに抗うだろうと思いたい。

(写真は浪江町大平山の慰霊碑)

無題 2

早春の朝

白鳥が飛んでいく

コウ、コウ、コウと鳴きながら

西の空へと飛んでいく

いつもは群れなのに

今日の隊列は二羽だけだ

置いていくなと鳴くのか

遅れまいぞと鳴くのか

誰に言われなくとも白鳥は

いつ何処へ渡ればよいか知っている

コウ、コウ、コウと群れを追う

二羽の他にはもしかして

渡る定にあらがった

はぐれ白鳥がいるだろうか

確定申告だん、そして

東京でサラリーマン大家を始めたのがかれこれ14年前。以来、ナケナシの家賃収入ではあるが毎年欠かさず確定申告というものをしている。そして今年は初めて、納めすぎた税金が戻ってくる!という事態になった。もちろんその額もナケナシなのだが、なんだか得した気分(錯覚)。と同時に、給与というものが(ほとんど)なくなった個人事業主1年目はいかに収入が減ったかと感慨を深くした。無論、まともな営業もしていないのだからそれも想定内なのだけど、節約モードがさらに高まって我が家の経済は縮小均衡が進んでいる。

ベトナム料理とはいえ月々の生活費は節約すると言ってもたかが知れている。移住してから外食費は格段に減ったが、その分車の維持費はかかるし、福島市の水道料金はべらぼうに高いし、マンションの管理費は東京の相場とほとんど変わらない。

なにが減ったかと言うと旅行費である。20代から40代半ばまでは、当然のように年1、2回は海外に出かけていた。それがだんだん長時間飛行機に乗るのが苦痛になってきて、40代後半からはもっぱら国内旅行。それも、一人で知らない場所をブラブラするより、現地に知人を訪ねるほうが楽しみになる。

そして4年前に福島に来てからは、なんだかずっと長い旅に出ているような気分が続いてきた。もともと期間限定のお試し移住のつもりだったからだろう。「旅行する」といっても福島県内のスポットを回るばかりで、飛行機に乗って「遠くへ行きたい」という衝動にはまったく駆られることがなかった。でも、福島=旅先感が薄れるにつれ、最近はときどき「遠くへ行きたい」気分が再び頭をもたげるようになっている。

中国茶五福

先日、用事の帰りに初めて福島空港の中に入ってみたら、1日5便しかない定期便の合間で施設内はどこも閑散としていた。沖縄や九州、台湾やベトナムに向けてときどきチャーター便が飛んでいるらしいが、なんといっても福島空港までが、県庁所在地・福島市の我が家からは遠い。県民として福島空港を利用したい愛郷心はあるが、ぶっちゃけ仙台空港のほうがアクセスいいし便数も多いから、私が何年ぶりかで飛行機に乗るとすれば仙台からだろう。

バンコクやクアラの友人も訪ねたいし、久しぶりに台湾の素食も食べたいし、またバリでヨガもしたいし。ヨーロッパは一時期よく行ったが、スペインやポルトガルは未踏の地だ。ベトナムもグアムもサイパンも実は行ったことないし。インドやトルコも死ぬまでには一度行ってみたいかなぁ。 

21A26DDF-

あ、でも我が家は緊縮財政なのだった。海外旅行のスポンサーが見つかるまでは、近くのエスニック料理と外国映画でガマンですw

(写真は上から、ベトナムキッチン「Chaochi」のフォーと、台湾茶の店「五福」の東方美人茶。どちらも福島駅から徒歩圏内。「猫が教えてくれたこと」は猫が主役、イスタンブールが舞台のほっこり映画。)