初雪を待ちながら

全国的に冬の到来が遅いという話だが、ここ福島市街も今年の初雪はまだだ。平年は11月26日だそうだから、ずいぶん遅い。今朝も、昨夜の天気予報に反して太陽がまぶしく暖かかった。吾妻連峰はかなり白くなっていたが、山頂まではっきり見える。

なんだ、これなら洗濯機を回そうかしら、と思いながらとりあえずいつものなんちゃってヨガをやり、だらだらブランチを食べていると、あっという間に陽が陰ってきた。ふと見ると、もう吾妻山は見えない。雪雲がみるみる麓に降りてきている。私が春に花摘みのバイトをさせてもらう果樹園のあたりはもう降ってるだろうか。

山と反対側、海方面の空はまだ明るい。やっぱり浜通りは雪が少なく比較的温暖なのだ。東京と同様、冬タイヤというものを履かずに過ごす人たちも多いと聞くと羨ましいなーと思わなくもない。が、浜には温泉が少ないからやっぱり中通りがいいやという結論に達するのである。

先日図書館で、稲垣えみ子さんの「寂しい生活」という本を発見した。その徹底した超節電・節エネルギー生活が有名で、たまにテレビにも出る有名な方らしい。が、17:00-23:00のNHKしか見ない私は、そこに出てない人を存じ上げない。初めて知るほぼ同い年の独身女性作家さんの生活大変革ストーリーは大変興味深く、ときおり大きく頷きながら面白く読ませてもらった。

私も東京で丸8年、エアコンのついてないマンションに住んだことがあるので、エアコンなしの生活は無問題だ。福島に来てからも夏のエアコンはほぼ使っていない。が、さすがに雪の降る氷点下の東北の冬は、稲垣さんのような湯たんぽと火鉢だけの生活は難しいだろうなあ・・・でも火鉢ってちょっとインテリアとしても素敵かも・・・

などと考えている間に、短い冬の日はすとんと暮れていく。この辺もいよいよ今夜が初雪だろう。

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町並みというもの

久しぶりに気仙沼に出張した。4回目だ。ここは宮城県の最北端にあって、岩手県にめり込むような格好になっている。今の仕事がなかったら、おそらく一生岩手県と勘違いしていたかもしれない。

仕事のおかげで気仙沼市と石巻市にはこうして数回ずつ訪れる機会に恵まれ、この夏はさらにその北部の岩手県釜石市にも初めて行く機会をもらった。そのたびに現地のおいしいものを食べ、役得を堪能している。

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▲2年前のクリスマスに初めて訪れたときの気仙沼▲

さて、この釜石と気仙沼と石巻、人口が多い順に並べるとどうなるかご存知ですかな?

気仙沼が岩手県の一部だと思っていた頃の自分であれば、おそらく釜石が一番大きいと答えたような気がする。新日鉄の城下町のイメージがあるからか。実際、関東の友達二人にこの質問をしてみたら、二人とも釜石と答えた。

答えは、釜石の人口3万人台、気仙沼6万人台、石巻14万人台で、石巻がダントツに大きい。ちなみに、我が福島市の人口は29万人で石巻の倍。その前に住んでいた福島県二本松市は5万人台で、気仙沼といい勝負だ。

東京にいた頃は考えたこともなかったが、地方に住み、観光地でない地方を仕事で訪ねるようになって、このぐらいの人口規模なら街の感じは大体こういう感じ、という自分なりのイメージができつつある。スーパーの数とか、病院の大きさとか、コンビニの間隔とか。もちろん地理的その他の条件によっても違うのだけれど、なんとなく公式はある気がする。

そして、何の統計的裏付けもない私の勝手な公式によると、専業化した飲食店が出現するのはおおよそ人口15万からだ(ほんとかよ)。それ以下の場合、ラーメン店を除けば大抵なんでもアリのお好み食堂風業態がほとんど。そうでなければ生き残れないのだろう。

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▲福島市街に最近オープンしたインドネシア料理専門店。どうか繁盛してください▲

特にカタカナ名のレストランにはその傾向が顕著である。気仙沼で夕飯を食べた店も、パスタありピザありカレーライスあり、さらに海鮮丼やラーメンまであった。考えてみればすごい厨房だなと思う。(追記:その一方、道の駅の冷蔵ケースで何気なく売られていたのはイクラたっぷりのはらこ飯、500円也。なんと贅沢)

その気仙沼はまだまだ絶賛工事中だった。いまだに道路の位置も頻繁に変わるそうだ。2年前は数か所あった仮設商店街はすべてなくなり、代わりにおしゃれな商業施設がオープンしていた。一帯5メートルのかさ上げ後に新築されたホテルの窓からは、朝7時からダンプが作業を始めるのが見えた。その周りもオープンしたての市営住宅、真新しいドラッグストアとコンビニ。こうして町並みはどこも同じようなものに均一化していくのだろう。

それに一抹の寂しさなど覚えるのは、部外者の身勝手以外の何物でもないけれど。


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世界の食料事情~「もったいない」の実践を(4)何を変えなければならないか?

これは、2013年1月に発表されたレポートGlobal Food-Waste Not, Want Notを、発行元である英国のInstitution of Mechanical Engineersの許可を得て和訳したものです。2013年3月に以前のブログでPDFを掲載しましたが、もう一度多くの人に知ってほしいと思い、数回に分けてテキストで掲載しようと考えました。私が食品ロスの問題に関心を持ち、基本的に菜食生活となるきっかけを作ったレポートです。

食料生産・流通にも電力を始めとするエネルギーは欠かせません。原発問題を考える際にもひとつの要素になるかと思われます。

オリジナルの英文レポートはこちら⇒ GLOBAL FOOD WASTE NOT, WANT NOT . 

(オリジナル英語版に章番号は付いていませんが、ここでは分割掲載のため便宜的に付加しました。またオリジナル版に掲載されている参考文献一覧は和訳していません)

 


4.何を変えなければならないか?


増え続ける世界人口、向上する栄養基準、変化する嗜好――この先も食料増産への圧力は高まり続けるだろう。エンジニア、科学者、そして農業従事者は、この増産を可能にする知識も道具もシステムも持ちあわせてはいるものの、その規模や成功の可否は、必要な資源が物理的・経済的に入手できるかどうかにかかっている。しかし実際、これらの資源は失われつつある。

現在、世界の総生産量の30~50%という大量の食料が、農場から消費者に届く間に失われている。上で見てきたように、その主な原因は機械化の不足、農業知識の欠如、管理技術の不良、電気や水道などインフラの未発達、不適切な貯蔵・輸送用施設などである。さらに、見た目の偏重や大量購買を促す今日の商習慣も廃棄の原因となっている。

キャプチャ4国の開発段階にかかわりなく、またフードチェーン上のロス発生場所に関係なく、そのロスは単に栄養素の損失を意味するだけでなく、その生産・加工・流通のために使われた土地や水、エネルギーといった資源のロスをも意味する。そう考えると、先進国における大量の食品ロスの問題は一層持続不可能なものとなる。そうした国で気軽に捨てられてしまう食べ物には、地球をほぼ1周して運ばれてきたものも多いからだ。

この食品ロスの削減のためには、生産・出荷・貯蔵の全過程で、また生産者から家庭まで全段階で改革が必要だ。具体的にどんな施策が有効かは、その国の開発段階によっても異なるが、政府、技術者、そして一般大衆に行動を促すためのキーポイントはいくつかある。

まず欧米のような先進国においては、技術革新やエンジニアリングの進歩とともに既存のインフラを更新し、輸送への接続を改善する必要がある。最近の例では、シッピングコンテナで輸送される穀物量が増えたことで、道路や鉄道、海上輸送設備の効率的な利用が可能になっている。こうした改善とともに、その新設備や新メソッドを最大限に活用するための教育、訓練、管理システムの導入も大切である。ほかにもあらゆる機会をとらえて廃棄削減に努力しなければならない。

しかし、先進国において最も指摘されるべき問題は、現在の市場条件下では多くの主食料が低コスト商品とみなされ、その廃棄についてしかるべき注意がほとんど払われないという点だ。たとえば、世界の穀物価格は、2008~2010年に需給バランスが逆転するまで、長年にわたりほとんど上昇しなかった。その間の物価上昇を考慮すれば、事実上値下がりしていたことになる。その結果、廃棄によるロスを削減しようという動機が生まれず、経済的恩恵もほとんどなかった。しかし、将来の市場環境を予測すると、廃棄ロスのコントロールは経済的にも政治的にも多大な恩恵をもたらすと考えられることから、食品ロス削減の努力はさらに推奨されるべきである。

この先食料の価値が上昇するにつれ、現在のように、品質的に全く問題のない野菜や果物を純粋に見た目だけで大量廃棄するような慣行は、経済的に成立しなくなるかもしれない。しかし政府は、食料価格の上昇でやむなくロスが減るのを待つのではなく、もっと積極的に消費者の考え方を変え、小売業者にそのような慣行をやめさせる政策を実行すべきだ。そのためには、現在深く浸透している商慣習や消費者文化を変え、食べものを大切にする考え方を卸売・小売から一般家庭まで、根付かせなければならない。最終的には、食品価格の上昇によってこうした機運は自動的に高まり、また政府の施策でさらに促進されていくだろう。

現在急速な発展の途上にある国々は、インフラの改善を強力に推進している。その第一の目的は市場へのアクセス改善だが、これは同時に廃棄の削減につながる可能性も秘めている。たとえばブラジルでは、長距離道路を整備することで内陸部の農家が港まで産物を輸送できるようになった。チリでも交通・港湾施設の改善により、同国の果物やワインの海外市場への輸出が飛躍的に増えた。旧ソ連諸国でも農産物貯蔵施設の品質向上策が実行されている。中国ではインフラの機械化が急速に進んだ結果、リンゴやにんにくなどいろいろな産物の輸出が可能になった。こうした物理的なインフラの改善を支えるのは、教育、訓練、マネジメントシステムである。それはエンジニアリング知識の向上だけでなく、先進国の犯した間違いを繰り返さないためにも、またオペレーションの効果を最大限に維持するためにも不可欠である。

開発が遅れている国々、特にサハラ以南のアフリカや東南アジアで注力すべきは収穫、出荷、貯蔵、輸送までのインフラ整備である。こうした設備の開発は現地の技術レベルにあわせて行われる必要があるが、このことは開発の初期段階で弾力性と持続性を確立しておくためには不可欠だ。気候変動など環境リスクが高まる今日では、それは決定的に重要である。インフラの改善とは、道路整備や電気・飲料水の安定供給だけでなく、虫を寄せつけにくい保存用袋といった簡単な物品や、サイロやタンクなど適切なサイズの貯蔵施設の普及なども含まれる。太陽光や風力による発電技術が進めば、遠隔地でも冷蔵設備が普及する可能性があるが、一次産品のための小規模冷蔵システムはコスト面での課題が大きい。なにより、こうしたシステムへの投資および運用コストは、扱う農産物の価値に見合ったものでなければならない。

しかし、新興国・開発途上国におけるもっと根本的な課題は、生産者がその生産物の特徴を知り、産物ごとの最善の取り扱い方法を周知するための知識移転が必要ということだ。政府はことの重大性と緊急性を認識し、特に収穫後の取り扱いに関するベストプラクティスを周知する教育訓練プログラムを導入すべきである。非常に傷みやすい農産物の場合には、こうしたアドバイスとはつまり、どうしたら最も早く、最もよい状態で市場に届けられるかという点に尽きるだろう。なるべく多くの農産物を販売可能な状態で市場に届けることを目的とした技術教育においては、マネジメント知識の移転も重要である。ここで政治家や議員の果たす役割は大きい。彼らは、衛生・検疫制度上のニーズと、自由貿易推進とのバランスをとることができるはずだ。現状では、紛争中の国境を越える際に傷みやすい農産物が大量に廃棄されている。

さらに、こうしたシステムの開発には巨額の投資と革新的な金融手法が要求されよう。したがって金融機関の果たす役割も重要である。必要な投資規模を示す例をあげると、エチオピアで検討されている農産物貯蔵施設の全国ネットワークの整備計画には、最低でも10億ドルかかると見積もられている。このような規模の投資が今後多くの国のさまざまな産物に関して必要となるが、そのためには各方面の密接な連携が不可欠である。しかし、いまの開発援助機関の活動を見ると、協力や連携が行われているとは言いがたい。たとえばウガンダの穀物倉庫システムの建設に関して、EUと国連とIFCが、互いの連絡もなくそれぞれ独自に動いているという現状は、ぜひとも変えなければならない。

改革が必要な分野は広範囲にわたるが、上記のような変革はそれらを網羅すると同時に、同じくらい幅広いスキルの展開も要求している。作付けから最終消費に至る食料生産の全段階において、農作業用機械、道路、鉄道、発電、流通、飲料水供給、暖房、換気、廃棄物処理、貯蔵施設まであらゆるインフラの拡大と改良、そのための設備・装置の開発・維持に、様々な分野の研究者、エンジニア、技術者の力が必要となるだろう。エレクトロニクス、システム、IT分野のエンジニアは、高効率・低コストの環境制御の実現において、また機械・土木エンジニアは構造物や輸送・出荷システムの改良などにおいて、それぞれ力を発揮すると考えられる。制度に回復力と持続性を組み込むためには、大規模な変革とシステム的発想が不可欠であり、それには複数の分野を横断した連携協力が重要となる。

昔、それぞれの家庭では、生鮮食料も保存食料も含めてみな自家用の備蓄を行っていた。しかし先進国においてこの役割は、産業化されたフードチェーンに肩代わりされた。開発途上国や新興国でも、先進国のやり方を導入するにつれ同様のことが起きつつある。こうして、世界中の人の大部分が、食料供給の仕組みに関与することがなくなり、食べ物に関する知識を失い、サプライチェーンの末端におけるただの消費者になってしまった。これが、食べ物の源とその価値についてほとんど理解されない今日の文化を生み出している。使う資源も環境リスクも最小化しながら増え続ける人口を養っていくために、食品ロスをゼロに近づけようとするなら、この「つながりの断絶」こそ正す必要がある。実際、生産量の3分の1から半分が廃棄されている現状では、いくら増産をがんばったところでほとんど意味がない。将来の世代が食べていけるよう、いまこそバランスを是正し、食べ物の価値を認識し、食品ロス削減に向けて努力すべきときである。


提言


将来の食料危機回避の一助として、当協会は下記の提言を行う。

1. 国連食糧農業機関(FAO)が、国際社会のエンジニアらと協力し、先進国から開発途上国へのエンジニアリング知識や設計ノウハウ、必要な技術の移転を促すプログラムを導入すること。これにより、収穫時および収穫直後の農産物の取り扱い環境が改善される。

2. 開発途上国の政府は、現在計画・設計・建造中の交通インフラや貯蔵施設に関して、無駄を最小化する考え方を導入すること。

3. 先進国政府は、消費者の考え方を変える政策を導入すること。これにより、小売業者が見た目で食品を選別するような無駄を生む慣習をやめさせ、また買いすぎによる家庭での食品ロスの削減につなげる。

(了)

和訳©中川雅美

世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(1)増え続ける世界人口を養うために

世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(2)食糧生産に必要な資源

世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(3)いま持てるものを無駄にしている私たち

世界の食料事情~「もったいない」の実践を(3)いま持てるものを無駄にしている私たち

これは、2013年1月に発表されたレポートGlobal Food-Waste Not, Want Notを、発行元である英国のInstitution of Mechanical Engineersの許可を得て和訳したものです。2013年3月に以前のブログでPDFを掲載しましたが、もう一度多くの人に知ってほしいと思い、数回に分けてテキストで掲載しようと考えました。私が食品ロスの問題に関心を持ち、基本的に菜食生活となるきっかけを作ったレポートです。

食料生産・流通にも電力を始めとするエネルギーは欠かせません。原発問題を考える際にもひとつの要素になるかと思われます。

オリジナルの英文レポートはこちら⇒ GLOBAL FOOD WASTE NOT, WANT NOT .

(オリジナル英語版に章番号は付いていませんが、ここでは分割掲載のため便宜的に付加しました。またオリジナル版に掲載されている参考文献一覧は和訳していません)

世界の食料事情~「もったいない」の実践を(1)増え続ける世界人口を養うために

世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(2)食糧生産に必要な資源


3.いま持てるものを無駄にしている私たち


年間生産量40億トンの半分にものぼる現在の食料廃棄を減らすことは、増加する世界人口を養うという課題の解決に大いに役立つ。また、消えゆく資源を保存し、食料生産以外の人類の活動に振り向けるためにも有効である。しかしその方法を見出すには、経済の発展段階によって異なる廃棄の規模とパターンを理解する必要がある。廃棄は、純粋な農業政策の問題よりも、インフラ機械化や経済活動、知識移転、職業訓練レベルといった問題に起因するからだ。

サハラ以南のアフリカや東南アジアなど開発の遅れた国では、廃棄はサプライチェーン中の農業生産者サイドで起きやすい。非効率な収穫方法、未発達の交通システム、インフラの欠陥などのため、出荷作業も保存状態も不適切な場合が多く、その結果、キズがつく・カビが生える・虫にやられるなどで大量の農産物が全滅または一部損傷の憂き目にあっている。さらに、輸送途中にトラックから落ちたり、悪路を走行中の振動で傷むことも多い。たとえば東南アジアでは、コメ生産量の37~80%、重さにして年間1.8億トンが廃棄されているが、この値は国の開発段階によって異なり、中国ではおよそ45%、相対的に開発の遅れるベトナムでは80%にのぼっている。

こうした廃棄は、増加する人口を養えたはずの食料の損失を意味するだけでなく、それらを作るために使われた土地、エネルギー、水といった資源の無駄をも意味する。水に関していえば、全世界で年間5,500億㎥もの水が、人の口に入ることのない食料の生産のために無駄に使われている。この水は、人類のほかの活動やエコシステム保護のために使うことができたはずである。

開発が進むと、生産現場の技術発達に交通システムや貯蔵・流通設備の発達が追いつかなくなる段階が到来し、廃棄の問題は川下に移動する。現在、過渡期にあるインドや旧ソ連諸国などでは、食品流通システムに大規模な投資を必要としている。旧ソ連諸国の穀物貯蔵所の多くは1930年代に、冷蔵施設や加工場などは1950年代に作られたもので、現代の基準に照らすと非効率かつ衛生面でも安全面でも問題が多い。先進国において発達している冷蔵や冷凍による食品保存は、缶詰や乾燥による保存方法よりはるかに高度のインフラ整合性を要求するため、事態はさらに深刻である。生鮮もしくは冷蔵の食品を低温のまま流通させることは、缶詰のような比較的丈夫な製品の輸送・保存よりも圧倒的に機械化の要求度合いが高い。電力供給の安定、交通網の整備に加え、測定・モニタリング技術、継続的な管理ノウハウが必要で、これらはどれも過渡期にある国の技術力を超えたものである場合が多い。


コラム:缶詰から冷凍へ エネルギーインフラ需要の高まり

缶詰や密閉容器による食品保存の工程は、加工段階で多くのエネルギーを必要とするが、いちど密閉された後は保存のためのエネルギーは必要ない。一方、冷蔵・冷凍によって、元の栄養価を比較的残したままの食品を作ることは可能だが、これらは流通、貯蔵から家庭まで全段階で安定した低温環境が必要であり、すなわち全段階で安定したエネルギーインフラが必須となる。


 

先進国では、農業技術が発達し、輸送インフラも貯蔵・加工設備も整備されているため、生産地から消費地に届く食料の割合はかなり高い。しかしここでは、消費者主義、カネ余り、マスマーケティングなどに起因する行動が、ロスを生んでいる。ロスが発生する3つの主な場所は、収穫前の農場、スーパーなどの店頭、そして家庭である。たとえば、大きさや見た目などがマーケットの基準に合わないという理由で、十分に食べられる果物や野菜が、収穫前の段階ですでに大手バイヤーから拒絶されている現実がある。店頭に並ぶことのできた食品であっても、スーパーなどで行われる様々な販促キャンペーンが消費者の買いすぎを招き、特に生鮮食品では結局家庭で廃棄されることになるものも多い。

概して、野菜や果物のロスは穀物に比べて大幅に多い。最近の研究によると、イギリスで栽培されたジャガイモの46%は小売市場に届いていない。その内訳は、6%が農場での廃棄、12%は最初の選別での廃棄、5%は貯蔵中の廃棄、1%は貯蔵後の検査で廃棄、22%は洗浄後の検査による廃棄となっている。インドにおける同様の調査では、野菜・果物の40%が生産者から消費者に届くまでの間に失われているが、その理由は冷蔵車両の不足、道路状態の悪さ、過酷な気候、そして汚職などとなっている。

食品ロスのコントロールや削減は、農家や流通業者、消費者が個別に努力してなんとかなるレベルのものではない。それは市場哲学や電力の安定供給、道路の品質管理、交通ハブの有無などに左右されるものであって、農業の問題というより社会・政治・経済的な規範の問題、そしてインフラ機械化に関係する問題だからである。

農場での廃棄

米英のような先進国では、大手スーパーの生鮮食品仕入れのポリシーが農場における廃棄を助長する結果となっている。農家と供給契約を結ぶ代わりに、これら大手バイヤーはサプライ・アグリーメントというものを通じて商品を調達するが、これは購入者側に有利な仕組みである。年間に合意した量の野菜や果物を納入できない場合はペナルティが課せられるため、悪天候その他の歩留まりを下げる要因に対する保険として、農家は必要以上の量を生産しようとする。さらに、生産量の全部または一部が、見た目の理由で収穫前から引き取りを拒否されることもある。こうして、イギリスで生産される野菜の3割が収穫すらされないまま廃棄されている。

開発途上国では、収穫を含む農作業のほぼすべてが手作業で行われており、農家は出荷に多くの人手を必要とする。必然的にスピードは遅く、その間に悪天候や害虫、病気などにやられて収穫物の質や量が落ちたり、まるごと台無しになってしまうこともある。こうした地域では、貧しい交通インフラを使って収穫現場から保管場所、集荷場、市場へと運ぶ間の作業もすべて手で行われる場合が多い。箱やカゴといった入れ物に詰めるという方法は比較的簡単に採用できるはずで、それにより作物を保護し、また自転車であれ飛行機であれ、運搬に使う車両にフィットする出荷単位にまとめることができる。理想的には、その入れ物を加工場でもそのまま利用できるようにすれば、農場から乾燥、保存、輸送まで、作物に直接手を触れずに行うことができる。

先進国で行われているような収穫の機械化を途上国でも導入すれば、スピードと効率を上げることは可能だろうが、収穫量の増加に見合うだけの物流・貯蔵システムが機能している必要がある。収穫の機械化を試みたものの、輸送能力や貯蔵能力がついていかず、また設備の維持管理スキルが足りないために、失敗したケースは多い。

貯蔵施設での廃棄

キャプチャ3ほとんどの農作物の収穫は1年に一度であるため、年間を通して定期的に市場に供給するには安全な貯蔵施設が必要である。また、農産物の価格はその地域の市場条件に大きく左右されるため、効果的な貯蔵施設を持たない農家は収穫後すぐに売らざるを得ない。不幸にして、その地域ではだれもが同じ収穫物を同時に売ろうとするため、買い手にとってかなり有利な市場となる。その地域に適切な貯蔵施設があれば、需給バランスのバッファの役割を果たし、農家が市場のコントロールを取り戻すのに役立つ。また、州・国レベルでの貯蔵システムがしっかりしていれば、食料供給の安定と同時に市場機能も効率化するだろう。しかし、そうした貯蔵システムの運営には一定の工学水準を満たしている必要があり、また稼働のためのエネルギーや輸送のためのインフラとうまく接続していなければならない。

一般的に、大部分の食品は傷みやすいものとみなされる。理想的な条件下で管理すれば、小麦やトウモロコシなどの穀類なら5年ほど、根菜類でも数ヶ月ほどもつが、条件が不適切ならもっと早く悪くなり、損失は多くなる。果物や葉もの野菜、肉や乳製品はまさに足がはやい食品であり、正確に管理された条件下で保存されなければならない。世界の研究者が多くの食品について最適な保存条件を研究してきたが、それは温度、湿度、酸素濃度によって決まる。

穀物と油糧種子はほかの食物より傷む速度は遅いが、それでも生きものであるから保存には注意と技術が要求される。安全な保存のためには、収穫後すぐに種子に含まれる水分を減少させるか、保存中の気温を下げる必要があるが、適切な機械化と換気システムがあれば両方同時に行うことも可能である。

穀物はガスや石油を使った温風で乾燥する場合が多く、エネルギーの節約と作物の損傷を避けるため、緻密な設計と管理が求められる。特にコメは乾燥の速度が速すぎるとひび割れしやすい。麦芽用大麦や油糧種子など種子類の乾燥にも正確な温度管理が重要だ。現在使われている穀物乾燥用の機械は電気的に温度管理をしており、余計な水分を飛ばすために使ったエネルギーを有効利用するため、熱回収システムを備えている。

長期貯蔵用の建物は、衛生的で害鳥や害虫の侵入を許さず、かつ適切な換気機能を備えた造りでなければならない。特に油糧種子は濡れると高温の影響を受けやすい。油糧種子の油分を増やす品種開発によって、さらに高度な管理が必要になっている。植物油は湿気に弱く、湿度が少しでも高いと遊離脂肪酸が増えて品質が落ち、一定以上の湿度では発熱または発火することさえある。

貯蔵中の穀物廃棄の内容は、その種類や地域によって異なる。オーストラリアのような先進国では、廃棄率は多くても0.75%が目安となっているが、西アフリカ経済の中でも開発の進んでいるガーナでは、2008年のトウモロコシ生産100万トンのうち50%が失われた。これよりもっと大量の廃棄が、もっと大きな開発途上国では起きている。たとえばインドでは、年間2100万トンの小麦が不十分な貯蔵・流通システムのために無駄になっているが、これはオーストラリア全体の生産量に匹敵する量である。隣のパキスタンでは、生産量の16%にあたる320万トンが廃棄されており、貯蔵インフラの不良に起因する害獣・害虫の被害が広範にみられる。

旧ソ連諸国でも廃棄率はいまだ高く、代表的なウクライナでは25~50%にのぼる。同国の穀物の生産量はおよそ2400万トンであるから、一国で600~1200万トンも廃棄されている計算だ。東ヨーロッパ諸国の穀物や野菜の貯蔵施設は、設計上も機械化の面でも1930年代のもので、今日の需要には適していない。その多くが単純な工学的設計すら欠いた小屋状のもので、たとえば雨水の排水が悪いために穀物が湿気にやられたりする。もっと規模の大きい倉庫はコンクリートスラブ製だが、接合が不十分のため天候の影響を受けたり虫が侵入したりする。

果物や野菜の貯蔵庫は、穀物よりも格段に高い管理技術を要する。たとえば果物の場合、温度や湿度に加え空気もコントロールしなければならない。多くの果物は気体エチレン、二酸化炭素、酸素などに反応するため、空気中のこうした物質の量がその保存可能期間に大きく影響するためだ。残念ながら、果物はそれぞれ適切な温度や空気が違うため、複数の果物を同じ貯蔵庫で管理することはできない。

多くの場合、収穫後の果物や野菜は農地から出荷所に直接運ばれ、そこで荷詰の前に等級分けされるかそのまま市場に送られる。収穫したての産物は太陽の熱で温かいため、貯蔵の前に冷やさなければならない。この「農場熱」をできるだけ早く取り除く技術は、もっとも傷みやすい果物の賞味期間を引き延ばすひとつの方法である。たとえば、収穫後のイチゴをすぐに冷やせば、常温で1~2日の賞味期限を8日まで延長できる。低開発国の多くはインドやアフリカなど暑い場所が多く、収穫後の野菜や果物の損失は年間35~50%にのぼるが、これらの国では収穫直後の冷却を可能にするような工業インフラが存在しないのが現状である。

キャプチャ5適切な貯蔵のためには、貯蔵庫は、換気や冷蔵の設備とともに庫内の状態を感知するモニタリングシステムを備えているのが理想である。そうした高度な貯蔵庫の運営には訓練を受けた技術者やオペレータが必要なのはもちろん、それだけの設備を安定稼働させるだけの電力供給も欠かせない。開発途上国においては電力供給が安定している地方は少なく、このことが保存中の農産物が損傷する主要因となっている。イギリス、アメリカ、カナダのような国でさえ、都市から離れた地方では近代的設備を動かすだけの電力を持たない農場が多い。そのような設備は複雑で、巨額の投資が必要なことから、商業ベースで大規模に運営され専門業者によって管理されるのが一般的だ。その場合、貯蔵施設は生産地の近くに位置し、整備された交通網によって消費地に近い流通倉庫に接続しているのが理想である。

輸送中の廃棄

効率的かつ効果的な食品輸送には、収穫後の輸送車両への積み込み作業を迅速化し、その際の損傷を最小限に抑えるための設備が必要だ。しかし開発途上国で収穫を手作業に頼っている場合、まず農地に山積みにされる段階でキズがついたり傷んだりする。そこから再度手で粗末な車に積みこまれ、整備状況が悪く振動が激しい道路を輸送する間にさらに損傷がすすむ。店舗で降ろされると再度山積みにされ、またもやキズや傷みの原因になる。こうしたキズものはすべて廃棄されるか、元のサイズよりかなり小さくカットされるか、販売期間が極端に短くなるか、いずれかの運命をたどる。もし収穫後すぐに、繰り返し使える木箱に積みこんでいれば、そのような損失はかなり抑えられる。たとえ機械装置を使わなくても出荷効率を上げることは可能なのだ。こうした比較的単純な解決法によって廃棄量を大幅に減らすことができるが、実際はほとんど導入されていない。

しかし単に木箱を使うというだけでは不十分で、そのような容器は一連のシステムの一部としてきちんと設計されているのが理想である。容器の大きさや形状は産物の種類によって異なるし、それを扱う装置や輸送車両にあわせたデザインであることも必須だ。米国では12パレットを一単位として扱う専用フォークリフトが一般的だが、他の国では一単位を運ぶ道具は自転車かもしれない。フォークリフトやパレットトラックは通常、水平で滑らかな地面と積み込み用のベイを必要とするが、現在も近い将来もそのようなインフラ整備が望めない地域も多い。したがって、地域の事情や技術力に合わせて、農場から市場までの一貫した輸送システムを考えることが非常に重要となる。


コラム:先進的な出荷システムと輸送革命

一貫システムの威力を示すイギリス東部の先進的農場の例を紹介しよう。その農場では、タマネギの収穫、乾燥、保存に関する高性能システムを導入し、プラスチックのクレートを使うかわりに20フィートの輸送コンテナを出荷作業単位とした。タマネギは農場で直接、約18トン入る特製コンテナに積み込まれ、このコンテナのまま乾燥施設を経てパッキング施設に運ばれる。このシステムによって、損失や廃棄を最小限に抑えつつ、たった2人の人員で年間10万トンのタマネギの出荷を実現している。このような高効率を達成するには、単位となるコンテナを中心にしてオペレーションの全段階が緻密に設計されている必要がある。


 

市場および家庭における廃棄

先進国ではスーパーマーケットが採用する商慣習や物流システムによって、傷みやすい商品の陳列期間が最小化され、店舗での食品廃棄量が抑制されている。しかし低開発国では、食品が売られているのは主に露天の店であるため、廃棄率はかなり高い。店主は野菜やサラダに水をかけたり魚に削った氷を使うなど、いろいろな手を使って商品の品質維持に努めるが、こうした手法はあまり効果がない場合も多く、非衛生的で汚染のリスクも高い。

開発の最も遅れた国における家庭での食品ロスは、都市と地方でかなり違う。地方の家庭では、主食となる食料を1年に1度収穫したら次の収穫まで保存しておかなければならない。その間の損失を最小限に食い止めることが重要だが、保存設備は何代にもわたり不変の原始的なものが多く、ネズミや虫にやられたり、カビが生えたりしてしまう。一方都会では、1日または1食に必要な分だけをその都度購入することで、食品ロスは最小限に抑えられている。小売店や露天商は、農家や加工業者から大きな袋や缶で仕入れた食料を、ごく少量に小分けして販売する。1日に2~3回買い物する家族もめずらしくない。

奇妙なことに、消費者サイドで最も食品ロスが多いのは、最も「進んだ」経済的に豊かな国である。先進国は、はるかに効率的な先進の物流システムを持っているにもかかわらず、農場で収穫された食料の30%が市場(主にスーパー)に届いていない。その中には、カットして捨てられた分、品質による選別、見た目が悪いなどの理由で廃棄されるものが含まれる。また、パッケージがほんの少しへこんでいても、倉庫の中で早く熟しすぎてもダメだ。さらに、たくさん入っている袋の中のたった一つが傷んでいれば全部が廃棄対象となる。このようにして世界の食品業界は大量の食料を廃棄しており、小売業ではその量は年間160万トンにものぼる。

スーパーの店頭に並ぶことのできた食品でも、その30~50%が最終購入者によって家庭で廃棄されてしまう。主な原因は非常に保守的な期限表示であり、こうした表示は実際のところロスを助長するものとなっている。多くの消費者は賞味期限と消費期限を正しく理解しておらず、これらの期限はそもそも、訴訟リスクを避けたい小売業者によってかなり保守的に見積もられている。また、大量購入割引や1つ買うともう1つはタダなどの販促キャンペーンのおかげで、消費者は実際に必要な量より多く買ってしまいがちだ。これが結局、家庭からの大量の食料廃棄につながっている。たとえばイギリスでは、毎年700万トン(金額にして102億ポンド相当)の食品が家庭から捨てられているが、これを一世帯あたりに換算すると平均480ポンド、一生涯では1.5万~2.4万ポンドにのぼる。イギリスの年間廃棄量のうち10億ポンド相当は、まだ期限切れ前で全く問題なく食べられる食料だ。この大量の食料がもし廃棄されなかったとすれば、その生産や出荷や輸送に使われたエネルギーも節約できたはずであり、それはイギリスの道路を走る自動車の20%分に相当する。

最近やっと食料品価格の上昇に不満が出はじめているものの、イギリスの平均家計に食品コストが占める割合はまだ小さく、最近の報告ではわずか11%である。これで、食品がなぜ価値のあるものとして扱われないかが説明されよう。食料廃棄の背後には複雑な問題がからんでいるが、少なくとも原因のひとつは、長期にわたる「安い食品」政策による食料価値の著しい低下だろう。たとえば、ケータリング業界では出した食べ物の3分の1を捨てるのが慣習となっている。足りなくなるのを懸念してレストランが過剰に注文するためだ。ケータリング商売において食材は最も安価な「使い捨て」資源だと考えられているのである。

和訳©中川雅美

世界の食料事情~「もったいない」の実践を(1)増え続ける世界人口を養うために

世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(2)食糧生産に必要な資源

夜が長くなると酒と考え事が増える

10月というのは、あっという間に季節が進む。

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上旬に両親が来福した。まださほど寒くないが、磐梯吾妻スカイラインの紅葉は始まっている。絶景ドライブをして、この時期の浄土平の得も言われぬ美しさを見せてやりたい。そう考えての日程設定だったが、その数週間前からなんと吾妻山の噴火警戒レベルが引き上げられ、半径1.5キロ内が立ち入り禁止に。スカイラインは全面通行止め、浄土平も行かれなくなってしまった。

しかも、前日まで晴れていたのが両親の到着日から雲行きがあやしくなり、翌日は朝から雨模様である。だれかの普段の心がけがよほど悪いらしい(笑)。それでも温泉宿に2泊し、ごちそうを食べ、3日間多少なりとも親孝行したような気にはなれた。

囲炉裏端

二人とも3年前に大病し、まさか二人だけでまた新幹線に乗って遠出するなど到底できるようになると思わなかった。が、80代になっても人間にはちゃんと回復する力があるのだと知り、あらためて感動する。

といっても、歩くスピード、足元のおぼつかなさ、着替えや食事のときの所作など、身体能力的にはおそらく幼稚園児程度ではなかろうか。幼稚園児と違うのは、これから「できるようになること」ではなく「できなくなること」が増えていくということだ。しかも、「当たり前にできていた」ときの記憶を保ちながら。そのフラストレーションといかに折り合いを付け、受け入れ、ひとつずつ「手放して」いくか。葛藤も含めたその姿を子供に見せてやるという、親の大事な仕事のひとつを、彼らは立派にやってくれている。

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さて、それから2週間で、中通りの低地でもあっという間に紅葉が進んだ。「名所」によくあるイチョウの黄金一色、モミジの紅一色、もきれいだが、どこにでもある里山の紅葉は文字通り「錦」である。緑~黄緑~黄~橙~赤まで、自然の配色は見事の一言だ。先週末はこれ以上ないくらいの晴天だったので、霊山という名勝に出かけた。昨年も一昨年も、この時期に歩いた覚えがある。大した山ではないが、今の私には2時間のハイキングでも十分。なんにしろ、自分の脚で歩けるというのは有難いことだ。

帰りにゆっくりあづま温泉に入っていたら、もう日暮れである。露天風呂から遠く眺める福島市街に灯がまたたき始める。いつまでも見ていられる風景だ。途中、コンビニでもらった商品引換券でビールをゲットして帰宅。秋の夜長、なるべく酒量を増やさないようにするのが目標である。でも酒を飲めるのも健康な証拠。ありがたく今夜もいただきますw


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