世界の食料事情~「もったいない」の実践を(3)いま持てるものを無駄にしている私たち

これは、2013年1月に発表されたレポートGlobal Food-Waste Not, Want Notを、発行元である英国のInstitution of Mechanical Engineersの許可を得て和訳したものです。2013年3月に以前のブログでPDFを掲載しましたが、もう一度多くの人に知ってほしいと思い、数回に分けてテキストで掲載しようと考えました。私が食品ロスの問題に関心を持ち、基本的に菜食生活となるきっかけを作ったレポートです。

食料生産・流通にも電力を始めとするエネルギーは欠かせません。原発問題を考える際にもひとつの要素になるかと思われます。

オリジナルの英文レポートはこちら⇒ GLOBAL FOOD WASTE NOT, WANT NOT .

(オリジナル英語版に章番号は付いていませんが、ここでは分割掲載のため便宜的に付加しました。またオリジナル版に掲載されている参考文献一覧は和訳していません)

世界の食料事情~「もったいない」の実践を(1)増え続ける世界人口を養うために

世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(2)食糧生産に必要な資源


3.いま持てるものを無駄にしている私たち


年間生産量40億トンの半分にものぼる現在の食料廃棄を減らすことは、増加する世界人口を養うという課題の解決に大いに役立つ。また、消えゆく資源を保存し、食料生産以外の人類の活動に振り向けるためにも有効である。しかしその方法を見出すには、経済の発展段階によって異なる廃棄の規模とパターンを理解する必要がある。廃棄は、純粋な農業政策の問題よりも、インフラ機械化や経済活動、知識移転、職業訓練レベルといった問題に起因するからだ。

サハラ以南のアフリカや東南アジアなど開発の遅れた国では、廃棄はサプライチェーン中の農業生産者サイドで起きやすい。非効率な収穫方法、未発達の交通システム、インフラの欠陥などのため、出荷作業も保存状態も不適切な場合が多く、その結果、キズがつく・カビが生える・虫にやられるなどで大量の農産物が全滅または一部損傷の憂き目にあっている。さらに、輸送途中にトラックから落ちたり、悪路を走行中の振動で傷むことも多い。たとえば東南アジアでは、コメ生産量の37~80%、重さにして年間1.8億トンが廃棄されているが、この値は国の開発段階によって異なり、中国ではおよそ45%、相対的に開発の遅れるベトナムでは80%にのぼっている。

こうした廃棄は、増加する人口を養えたはずの食料の損失を意味するだけでなく、それらを作るために使われた土地、エネルギー、水といった資源の無駄をも意味する。水に関していえば、全世界で年間5,500億㎥もの水が、人の口に入ることのない食料の生産のために無駄に使われている。この水は、人類のほかの活動やエコシステム保護のために使うことができたはずである。

開発が進むと、生産現場の技術発達に交通システムや貯蔵・流通設備の発達が追いつかなくなる段階が到来し、廃棄の問題は川下に移動する。現在、過渡期にあるインドや旧ソ連諸国などでは、食品流通システムに大規模な投資を必要としている。旧ソ連諸国の穀物貯蔵所の多くは1930年代に、冷蔵施設や加工場などは1950年代に作られたもので、現代の基準に照らすと非効率かつ衛生面でも安全面でも問題が多い。先進国において発達している冷蔵や冷凍による食品保存は、缶詰や乾燥による保存方法よりはるかに高度のインフラ整合性を要求するため、事態はさらに深刻である。生鮮もしくは冷蔵の食品を低温のまま流通させることは、缶詰のような比較的丈夫な製品の輸送・保存よりも圧倒的に機械化の要求度合いが高い。電力供給の安定、交通網の整備に加え、測定・モニタリング技術、継続的な管理ノウハウが必要で、これらはどれも過渡期にある国の技術力を超えたものである場合が多い。


コラム:缶詰から冷凍へ エネルギーインフラ需要の高まり

缶詰や密閉容器による食品保存の工程は、加工段階で多くのエネルギーを必要とするが、いちど密閉された後は保存のためのエネルギーは必要ない。一方、冷蔵・冷凍によって、元の栄養価を比較的残したままの食品を作ることは可能だが、これらは流通、貯蔵から家庭まで全段階で安定した低温環境が必要であり、すなわち全段階で安定したエネルギーインフラが必須となる。


 

先進国では、農業技術が発達し、輸送インフラも貯蔵・加工設備も整備されているため、生産地から消費地に届く食料の割合はかなり高い。しかしここでは、消費者主義、カネ余り、マスマーケティングなどに起因する行動が、ロスを生んでいる。ロスが発生する3つの主な場所は、収穫前の農場、スーパーなどの店頭、そして家庭である。たとえば、大きさや見た目などがマーケットの基準に合わないという理由で、十分に食べられる果物や野菜が、収穫前の段階ですでに大手バイヤーから拒絶されている現実がある。店頭に並ぶことのできた食品であっても、スーパーなどで行われる様々な販促キャンペーンが消費者の買いすぎを招き、特に生鮮食品では結局家庭で廃棄されることになるものも多い。

概して、野菜や果物のロスは穀物に比べて大幅に多い。最近の研究によると、イギリスで栽培されたジャガイモの46%は小売市場に届いていない。その内訳は、6%が農場での廃棄、12%は最初の選別での廃棄、5%は貯蔵中の廃棄、1%は貯蔵後の検査で廃棄、22%は洗浄後の検査による廃棄となっている。インドにおける同様の調査では、野菜・果物の40%が生産者から消費者に届くまでの間に失われているが、その理由は冷蔵車両の不足、道路状態の悪さ、過酷な気候、そして汚職などとなっている。

食品ロスのコントロールや削減は、農家や流通業者、消費者が個別に努力してなんとかなるレベルのものではない。それは市場哲学や電力の安定供給、道路の品質管理、交通ハブの有無などに左右されるものであって、農業の問題というより社会・政治・経済的な規範の問題、そしてインフラ機械化に関係する問題だからである。

農場での廃棄

米英のような先進国では、大手スーパーの生鮮食品仕入れのポリシーが農場における廃棄を助長する結果となっている。農家と供給契約を結ぶ代わりに、これら大手バイヤーはサプライ・アグリーメントというものを通じて商品を調達するが、これは購入者側に有利な仕組みである。年間に合意した量の野菜や果物を納入できない場合はペナルティが課せられるため、悪天候その他の歩留まりを下げる要因に対する保険として、農家は必要以上の量を生産しようとする。さらに、生産量の全部または一部が、見た目の理由で収穫前から引き取りを拒否されることもある。こうして、イギリスで生産される野菜の3割が収穫すらされないまま廃棄されている。

開発途上国では、収穫を含む農作業のほぼすべてが手作業で行われており、農家は出荷に多くの人手を必要とする。必然的にスピードは遅く、その間に悪天候や害虫、病気などにやられて収穫物の質や量が落ちたり、まるごと台無しになってしまうこともある。こうした地域では、貧しい交通インフラを使って収穫現場から保管場所、集荷場、市場へと運ぶ間の作業もすべて手で行われる場合が多い。箱やカゴといった入れ物に詰めるという方法は比較的簡単に採用できるはずで、それにより作物を保護し、また自転車であれ飛行機であれ、運搬に使う車両にフィットする出荷単位にまとめることができる。理想的には、その入れ物を加工場でもそのまま利用できるようにすれば、農場から乾燥、保存、輸送まで、作物に直接手を触れずに行うことができる。

先進国で行われているような収穫の機械化を途上国でも導入すれば、スピードと効率を上げることは可能だろうが、収穫量の増加に見合うだけの物流・貯蔵システムが機能している必要がある。収穫の機械化を試みたものの、輸送能力や貯蔵能力がついていかず、また設備の維持管理スキルが足りないために、失敗したケースは多い。

貯蔵施設での廃棄

キャプチャ3ほとんどの農作物の収穫は1年に一度であるため、年間を通して定期的に市場に供給するには安全な貯蔵施設が必要である。また、農産物の価格はその地域の市場条件に大きく左右されるため、効果的な貯蔵施設を持たない農家は収穫後すぐに売らざるを得ない。不幸にして、その地域ではだれもが同じ収穫物を同時に売ろうとするため、買い手にとってかなり有利な市場となる。その地域に適切な貯蔵施設があれば、需給バランスのバッファの役割を果たし、農家が市場のコントロールを取り戻すのに役立つ。また、州・国レベルでの貯蔵システムがしっかりしていれば、食料供給の安定と同時に市場機能も効率化するだろう。しかし、そうした貯蔵システムの運営には一定の工学水準を満たしている必要があり、また稼働のためのエネルギーや輸送のためのインフラとうまく接続していなければならない。

一般的に、大部分の食品は傷みやすいものとみなされる。理想的な条件下で管理すれば、小麦やトウモロコシなどの穀類なら5年ほど、根菜類でも数ヶ月ほどもつが、条件が不適切ならもっと早く悪くなり、損失は多くなる。果物や葉もの野菜、肉や乳製品はまさに足がはやい食品であり、正確に管理された条件下で保存されなければならない。世界の研究者が多くの食品について最適な保存条件を研究してきたが、それは温度、湿度、酸素濃度によって決まる。

穀物と油糧種子はほかの食物より傷む速度は遅いが、それでも生きものであるから保存には注意と技術が要求される。安全な保存のためには、収穫後すぐに種子に含まれる水分を減少させるか、保存中の気温を下げる必要があるが、適切な機械化と換気システムがあれば両方同時に行うことも可能である。

穀物はガスや石油を使った温風で乾燥する場合が多く、エネルギーの節約と作物の損傷を避けるため、緻密な設計と管理が求められる。特にコメは乾燥の速度が速すぎるとひび割れしやすい。麦芽用大麦や油糧種子など種子類の乾燥にも正確な温度管理が重要だ。現在使われている穀物乾燥用の機械は電気的に温度管理をしており、余計な水分を飛ばすために使ったエネルギーを有効利用するため、熱回収システムを備えている。

長期貯蔵用の建物は、衛生的で害鳥や害虫の侵入を許さず、かつ適切な換気機能を備えた造りでなければならない。特に油糧種子は濡れると高温の影響を受けやすい。油糧種子の油分を増やす品種開発によって、さらに高度な管理が必要になっている。植物油は湿気に弱く、湿度が少しでも高いと遊離脂肪酸が増えて品質が落ち、一定以上の湿度では発熱または発火することさえある。

貯蔵中の穀物廃棄の内容は、その種類や地域によって異なる。オーストラリアのような先進国では、廃棄率は多くても0.75%が目安となっているが、西アフリカ経済の中でも開発の進んでいるガーナでは、2008年のトウモロコシ生産100万トンのうち50%が失われた。これよりもっと大量の廃棄が、もっと大きな開発途上国では起きている。たとえばインドでは、年間2100万トンの小麦が不十分な貯蔵・流通システムのために無駄になっているが、これはオーストラリア全体の生産量に匹敵する量である。隣のパキスタンでは、生産量の16%にあたる320万トンが廃棄されており、貯蔵インフラの不良に起因する害獣・害虫の被害が広範にみられる。

旧ソ連諸国でも廃棄率はいまだ高く、代表的なウクライナでは25~50%にのぼる。同国の穀物の生産量はおよそ2400万トンであるから、一国で600~1200万トンも廃棄されている計算だ。東ヨーロッパ諸国の穀物や野菜の貯蔵施設は、設計上も機械化の面でも1930年代のもので、今日の需要には適していない。その多くが単純な工学的設計すら欠いた小屋状のもので、たとえば雨水の排水が悪いために穀物が湿気にやられたりする。もっと規模の大きい倉庫はコンクリートスラブ製だが、接合が不十分のため天候の影響を受けたり虫が侵入したりする。

果物や野菜の貯蔵庫は、穀物よりも格段に高い管理技術を要する。たとえば果物の場合、温度や湿度に加え空気もコントロールしなければならない。多くの果物は気体エチレン、二酸化炭素、酸素などに反応するため、空気中のこうした物質の量がその保存可能期間に大きく影響するためだ。残念ながら、果物はそれぞれ適切な温度や空気が違うため、複数の果物を同じ貯蔵庫で管理することはできない。

多くの場合、収穫後の果物や野菜は農地から出荷所に直接運ばれ、そこで荷詰の前に等級分けされるかそのまま市場に送られる。収穫したての産物は太陽の熱で温かいため、貯蔵の前に冷やさなければならない。この「農場熱」をできるだけ早く取り除く技術は、もっとも傷みやすい果物の賞味期間を引き延ばすひとつの方法である。たとえば、収穫後のイチゴをすぐに冷やせば、常温で1~2日の賞味期限を8日まで延長できる。低開発国の多くはインドやアフリカなど暑い場所が多く、収穫後の野菜や果物の損失は年間35~50%にのぼるが、これらの国では収穫直後の冷却を可能にするような工業インフラが存在しないのが現状である。

キャプチャ5適切な貯蔵のためには、貯蔵庫は、換気や冷蔵の設備とともに庫内の状態を感知するモニタリングシステムを備えているのが理想である。そうした高度な貯蔵庫の運営には訓練を受けた技術者やオペレータが必要なのはもちろん、それだけの設備を安定稼働させるだけの電力供給も欠かせない。開発途上国においては電力供給が安定している地方は少なく、このことが保存中の農産物が損傷する主要因となっている。イギリス、アメリカ、カナダのような国でさえ、都市から離れた地方では近代的設備を動かすだけの電力を持たない農場が多い。そのような設備は複雑で、巨額の投資が必要なことから、商業ベースで大規模に運営され専門業者によって管理されるのが一般的だ。その場合、貯蔵施設は生産地の近くに位置し、整備された交通網によって消費地に近い流通倉庫に接続しているのが理想である。

輸送中の廃棄

効率的かつ効果的な食品輸送には、収穫後の輸送車両への積み込み作業を迅速化し、その際の損傷を最小限に抑えるための設備が必要だ。しかし開発途上国で収穫を手作業に頼っている場合、まず農地に山積みにされる段階でキズがついたり傷んだりする。そこから再度手で粗末な車に積みこまれ、整備状況が悪く振動が激しい道路を輸送する間にさらに損傷がすすむ。店舗で降ろされると再度山積みにされ、またもやキズや傷みの原因になる。こうしたキズものはすべて廃棄されるか、元のサイズよりかなり小さくカットされるか、販売期間が極端に短くなるか、いずれかの運命をたどる。もし収穫後すぐに、繰り返し使える木箱に積みこんでいれば、そのような損失はかなり抑えられる。たとえ機械装置を使わなくても出荷効率を上げることは可能なのだ。こうした比較的単純な解決法によって廃棄量を大幅に減らすことができるが、実際はほとんど導入されていない。

しかし単に木箱を使うというだけでは不十分で、そのような容器は一連のシステムの一部としてきちんと設計されているのが理想である。容器の大きさや形状は産物の種類によって異なるし、それを扱う装置や輸送車両にあわせたデザインであることも必須だ。米国では12パレットを一単位として扱う専用フォークリフトが一般的だが、他の国では一単位を運ぶ道具は自転車かもしれない。フォークリフトやパレットトラックは通常、水平で滑らかな地面と積み込み用のベイを必要とするが、現在も近い将来もそのようなインフラ整備が望めない地域も多い。したがって、地域の事情や技術力に合わせて、農場から市場までの一貫した輸送システムを考えることが非常に重要となる。


コラム:先進的な出荷システムと輸送革命

一貫システムの威力を示すイギリス東部の先進的農場の例を紹介しよう。その農場では、タマネギの収穫、乾燥、保存に関する高性能システムを導入し、プラスチックのクレートを使うかわりに20フィートの輸送コンテナを出荷作業単位とした。タマネギは農場で直接、約18トン入る特製コンテナに積み込まれ、このコンテナのまま乾燥施設を経てパッキング施設に運ばれる。このシステムによって、損失や廃棄を最小限に抑えつつ、たった2人の人員で年間10万トンのタマネギの出荷を実現している。このような高効率を達成するには、単位となるコンテナを中心にしてオペレーションの全段階が緻密に設計されている必要がある。


 

市場および家庭における廃棄

先進国ではスーパーマーケットが採用する商慣習や物流システムによって、傷みやすい商品の陳列期間が最小化され、店舗での食品廃棄量が抑制されている。しかし低開発国では、食品が売られているのは主に露天の店であるため、廃棄率はかなり高い。店主は野菜やサラダに水をかけたり魚に削った氷を使うなど、いろいろな手を使って商品の品質維持に努めるが、こうした手法はあまり効果がない場合も多く、非衛生的で汚染のリスクも高い。

開発の最も遅れた国における家庭での食品ロスは、都市と地方でかなり違う。地方の家庭では、主食となる食料を1年に1度収穫したら次の収穫まで保存しておかなければならない。その間の損失を最小限に食い止めることが重要だが、保存設備は何代にもわたり不変の原始的なものが多く、ネズミや虫にやられたり、カビが生えたりしてしまう。一方都会では、1日または1食に必要な分だけをその都度購入することで、食品ロスは最小限に抑えられている。小売店や露天商は、農家や加工業者から大きな袋や缶で仕入れた食料を、ごく少量に小分けして販売する。1日に2~3回買い物する家族もめずらしくない。

奇妙なことに、消費者サイドで最も食品ロスが多いのは、最も「進んだ」経済的に豊かな国である。先進国は、はるかに効率的な先進の物流システムを持っているにもかかわらず、農場で収穫された食料の30%が市場(主にスーパー)に届いていない。その中には、カットして捨てられた分、品質による選別、見た目が悪いなどの理由で廃棄されるものが含まれる。また、パッケージがほんの少しへこんでいても、倉庫の中で早く熟しすぎてもダメだ。さらに、たくさん入っている袋の中のたった一つが傷んでいれば全部が廃棄対象となる。このようにして世界の食品業界は大量の食料を廃棄しており、小売業ではその量は年間160万トンにものぼる。

スーパーの店頭に並ぶことのできた食品でも、その30~50%が最終購入者によって家庭で廃棄されてしまう。主な原因は非常に保守的な期限表示であり、こうした表示は実際のところロスを助長するものとなっている。多くの消費者は賞味期限と消費期限を正しく理解しておらず、これらの期限はそもそも、訴訟リスクを避けたい小売業者によってかなり保守的に見積もられている。また、大量購入割引や1つ買うともう1つはタダなどの販促キャンペーンのおかげで、消費者は実際に必要な量より多く買ってしまいがちだ。これが結局、家庭からの大量の食料廃棄につながっている。たとえばイギリスでは、毎年700万トン(金額にして102億ポンド相当)の食品が家庭から捨てられているが、これを一世帯あたりに換算すると平均480ポンド、一生涯では1.5万~2.4万ポンドにのぼる。イギリスの年間廃棄量のうち10億ポンド相当は、まだ期限切れ前で全く問題なく食べられる食料だ。この大量の食料がもし廃棄されなかったとすれば、その生産や出荷や輸送に使われたエネルギーも節約できたはずであり、それはイギリスの道路を走る自動車の20%分に相当する。

最近やっと食料品価格の上昇に不満が出はじめているものの、イギリスの平均家計に食品コストが占める割合はまだ小さく、最近の報告ではわずか11%である。これで、食品がなぜ価値のあるものとして扱われないかが説明されよう。食料廃棄の背後には複雑な問題がからんでいるが、少なくとも原因のひとつは、長期にわたる「安い食品」政策による食料価値の著しい低下だろう。たとえば、ケータリング業界では出した食べ物の3分の1を捨てるのが慣習となっている。足りなくなるのを懸念してレストランが過剰に注文するためだ。ケータリング商売において食材は最も安価な「使い捨て」資源だと考えられているのである。

和訳©中川雅美

世界の食料事情~「もったいない」の実践を(1)増え続ける世界人口を養うために

世界の食糧事情~「もったいない」の実践を(2)食糧生産に必要な資源

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夜が長くなると酒と考え事が増える

10月というのは、あっという間に季節が進む。

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上旬に両親が来福した。まださほど寒くないが、磐梯吾妻スカイラインの紅葉は始まっている。絶景ドライブをして、この時期の浄土平の得も言われぬ美しさを見せてやりたい。そう考えての日程設定だったが、その数週間前からなんと吾妻山の噴火警戒レベルが引き上げられ、半径1.5キロ内が立ち入り禁止に。スカイラインは全面通行止め、浄土平も行かれなくなってしまった。

しかも、前日まで晴れていたのが両親の到着日から雲行きがあやしくなり、翌日は朝から雨模様である。だれかの普段の心がけがよほど悪いらしい(笑)。それでも温泉宿に2泊し、ごちそうを食べ、3日間多少なりとも親孝行したような気にはなれた。

囲炉裏端

二人とも3年前に大病し、まさか二人だけでまた新幹線に乗って遠出するなど到底できるようになると思わなかった。が、80代になっても人間にはちゃんと回復する力があるのだと知り、あらためて感動する。

といっても、歩くスピード、足元のおぼつかなさ、着替えや食事のときの所作など、身体能力的にはおそらく幼稚園児程度ではなかろうか。幼稚園児と違うのは、これから「できるようになること」ではなく「できなくなること」が増えていくということだ。しかも、「当たり前にできていた」ときの記憶を保ちながら。そのフラストレーションといかに折り合いを付け、受け入れ、ひとつずつ「手放して」いくか。葛藤も含めたその姿を子供に見せてやるという、親の大事な仕事のひとつを、彼らは立派にやってくれている。

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さて、それから2週間で、中通りの低地でもあっという間に紅葉が進んだ。「名所」によくあるイチョウの黄金一色、モミジの紅一色、もきれいだが、どこにでもある里山の紅葉は文字通り「錦」である。緑~黄緑~黄~橙~赤まで、自然の配色は見事の一言だ。先週末はこれ以上ないくらいの晴天だったので、霊山という名勝に出かけた。昨年も一昨年も、この時期に歩いた覚えがある。大した山ではないが、今の私には2時間のハイキングでも十分。なんにしろ、自分の脚で歩けるというのは有難いことだ。

帰りにゆっくりあづま温泉に入っていたら、もう日暮れである。露天風呂から遠く眺める福島市街に灯がまたたき始める。いつまでも見ていられる風景だ。途中、コンビニでもらった商品引換券でビールをゲットして帰宅。秋の夜長、なるべく酒量を増やさないようにするのが目標である。でも酒を飲めるのも健康な証拠。ありがたく今夜もいただきますw


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世界の食料事情~「もったいない」の実践を(2)食料生産に必要な資源

これは、2013年1月に発表されたレポートGlobal Food-Waste Not, Want Notを、発行元である英国のInstitution of Mechanical Engineersの許可を得て和訳したものです。2013年3月に以前のブログでPDFを掲載しましたが、もう一度多くの人に知ってほしいと思い、数回に分けてテキストで掲載しようと考えました。私が食品ロスの問題に関心を持ち、基本的に菜食生活となるきっかけを作ったレポートです。

食料生産・流通にも電力を始めとするエネルギーは欠かせません。原発問題を考える際にもひとつの要素になるかと思われます。

オリジナルの英文レポートはこちら⇒ GLOBAL FOOD WASTE NOT, WANT NOT .

(オリジナル英語版に章番号は付いていませんが、ここでは分割掲載のため便宜的に付加しました。またオリジナル版に掲載されている参考文献一覧は和訳していません)


2.食料生産に必要な資源


グローバルな食料供給システムは、生産農家から加工、流通、販売業者まで多くの構成員から成る広大なネットワークである。その規模は巨大な多国籍企業から個人商店、露天商まで様々だが、いずれも食品という傷みやすいものを生産し、それをよい状態で消費者に届けるという過程のどこかで大切な役割を担っている。このシステム上で扱われる食品には、穀類、豆類、油脂、野菜、果物といった植物性のものと、食肉、卵、乳製品などの動物性食品がある。

世界中の生産農家は、合計で40億トンという大量の食料品を生産している。その過程で彼らは、様々な資源と原材料を大量に使用しており、これを「インプット」と呼ぶ。インプットのうち多くは限りある資源であり、多くの場合、食料生産とそれ以外の人類と活動とは、これら資源をめぐる競合関係にある。食品ロスは資源の無駄な消費を意味し、資源利用の状態として持続不可能である。この章では、食料生産に必要な資源とその使用量について詳しく見ていく。土地、労働力、水といったわかりやすいもの以外にも、耕作機械や温室、灌漑設備、貯蔵施設などの稼働、流通、さらには化学肥料や農薬の生産のためにも、大量のエネルギーが使われている。

土地について

地球上の陸地面積は14.8Gha(グローバルヘクタール)。そのうち砂漠やツンドラ、山岳地帯などを除く農業生産適地は10Ghaと言われ、食料生産には現在そのうち4.9Ghaが使われている。つまり、利用可能な土地の半分はすでに使用中なのだ。都市の形で人類が居住に使用している土地面積は0.03Ghaと比較的小さく、将来大規模な都市化が進むとしてもその比率はさほど大きくならないだろう。ということは、食料生産の拡大に使用できる余地はまだたくさんあるように見える。しかし、現在未使用の土地こそが、世界に残された自然のエコシステムを支えているということを忘れてならない。将来は、利用可能な土地をめぐって食料生産と環境保全、さらに再生可能エネルギーとしてのバイオマス生産の需要が、激しく対立することが予想される。

過去数十年で地球の人口は爆発的に増加したが、それに伴う食料増産を可能にしてきたのは、第一に収穫量を高める技術、第二に(もっと伝統的な食料増産方法である)農業用地の拡大であった。実際、1960年から2000年までの農業用地拡大のペースが比較的ゆるやかな12%にとどまったのは、品種改良や各種の技術発達による生産性向上のおかげである。しかし、最近のデータによれば、開発途上国において穀物中心から動物性食品中心へと嗜好の変化がおきている。たとえば中国の都市部では、1981年から2004年の間に一人あたりの年間穀物消費量は145㎏から78㎏に減ったのに対し、食肉の消費は同20㎏から29㎏へと増加した。このことは、将来の食料増産がこれまでよりもさらに困難になることを示す。農地拡大によるエコシステムの破壊を避けようとすればなおさらである。

問題の核心は、畜産農業は栽培農業と比べて著しく効率が悪い、という事実である。動物の可食部には、それを生産するのに必要なエネルギーの3%しか残らない。つまり、同じエネルギー量の食料を生産するのに、畜産ははるかに広大な土地を必要とする。たとえば、1ヘクタールの土地からとれるコメやジャガイモは、19~22人の1年分に相当するが、同じ広さの土地で生産される羊肉や牛肉は、わずか1~2人分にしかならない。このため、家畜飼料の生産も含めると現在の農地の78%が、すでに畜産のために使用されている。

今後の人口増加に対応した食料増産のために、どれだけの土地が必要かという予測は、上記のような嗜好の変化によって大きく左右される。最近、さまざまなシナリオを総合的かつ現実的に分析した農地需要の予測が発表されたが、それによると、生産効率の悪い食肉の消費が増える「最悪のシナリオ」の場合、2050年までに農地を8.83Ghaまで拡大しなければならない計算となる。これは農業生産適地の88%にあたり、エコシステムに対する深刻な脅威となる。反対に、食肉消費量が少なく生産効率が高い「ベストシナリオ」の場合は、現在より15%少ない4.13Ghaとなる予測である。

この研究において「高生産性」とは、年1%の収量増加および廃棄物・残余物のリサイクルの増加を前提とし、さらに土地利用効率が(牛肉より)比較的高い豚肉や鶏肉を中心とした食生活への移行を見込んでいる。近年の嗜好変化および生産性向上のトレンドを鑑みると、食肉消費量も多く、かつ生産効率も高いという状態が出現する可能性はあり、その場合の農地面積は、2025年の5.26Ghaをピークに2050年には現在とほぼ同じ4.82Ghaに戻ると予想されている。生産適地10Ghaに対してこれは妥当な予測に見えるかもしれない。しかし、世界各地でエネルギー源としてのバイオマス生産が志向されており、そのような代替エネルギーが世界の第一次エネルギーに占める割合は、今日の10%から2030年には30%に達する可能性もある。今後は食料需要とエネルギー需要との間で土地をめぐる緊張が高まるだろう。

水について

キャプチャ2すべての農業は水を必要とする。その水は、自然の降水、わき水・池・河川からの取水のほか、灌漑や水耕など人工的な手法でも供給される。過去1世紀を通じて、人類の真水の使用量は人口増加の2倍のスピードで増えてきた。現在、推定で毎年3.8兆㎥(オリンピックプール15億杯)が使用されており、その約70%が農業部門向けである。

食料を育て、収穫するまでには相当量の水が必要であり、それが消費の前に加工される場合はさらに多くの水が使用される。2050年までに、一人あたり1日の食料供給が3,000Kcalとなり、そのうち8割が植物性、2割が動物性だと仮定すると、その食料生産に必要な水は一人あたり年間1,300㎥(オリンピックプール1/2杯)となる。食料生産方法や人口・嗜好変化の予測妥当性にもよるが、2050年時点の食料生産に必要な水は、10~13.5兆㎥に達する可能性がある。これは現在の(農業以外も含めた)全ての使用水量の約3倍に相当する。

食料品目ごとの必要水量にはかなりのバラツキがあるが、ほとんどの研究は主要な点で一致している。それは、植物性食品の生産は動物性食品に比べて少量の水で済むということだ。植物性の中でも特に効率がよいのは、ジャガイモ、落花生、タマネギなどである。栽培に要する1㎥の水から、ジャガイモは5.6Kcal分が生産できるのに対し、トウモロコシは3.86Kcal、小麦は2.3Kcal、コメは2Kcal分しかとれない。また、同じ1㎥の水からできるジャガイモは、150gのタンパク質(小麦やトウモロコシの2倍)、540㎎のカルシウム(小麦の2倍、コメの4倍)を含んでいる。

動物性との比較でみると、たとえば小麦1㎏の生産には500~4,000リットルの水を要する(気候や品種、慣習や栽培期間、収穫後の加工度合いによる)のに対し、牛肉1㎏の生産には5,000~20,000リットルが必要である。たいへん大まかに言うと、1㎥の水で生産できるカロリー量は、植物性食品の場合は約2Kcal、動物性食品では約0.25Kcalである。

▶灌漑(かんがい)

灌漑は食料生産を飛躍的に増大させる可能性をもったエンジニアリング技術である。現在、農業生産可能な土地の約4割は、灌漑農地であると推定される。一人あたり食料供給量を今後もいまと同等に保つためには、既存の灌漑システムの拡大と効率化が必須だが、多くの国で利用されている灌漑方法は、水の無駄が多い粗末なものである。地下からの揚水に頼る場合、水の無駄はエネルギーの無駄をも意味する。

湛水灌漑やスプリンクラー灌漑は、制御が難しく水のロスが多いという事実(スプリンクラー式では、大量の水が蒸発によって失われ、また無秩序な灌漑では広範な土地が塩害で失われる可能性が高まる)にもかかわらず、多くの国ではいまだにこれらの方法が採用されている。これに対し、点滴灌漑システムは、湛水式やスプリンクラー式に比べて多額の設備投資を必要とするが、使用水量あたりの収穫量では33%も効率的だということが判明している。さらに点滴式を使えば、いちばん効果の高い根元への直接施肥も可能になり、施肥用の特別な機器も不要になる。GPSを使った正確な水準測量などの技術を使えば、点滴灌漑の性能をさらに高めることができる。

サウジアラビア、インド、パキスタンなどの国においては、政府の自給促進プログラムが灌漑用のエネルギーコストに補助金を出しており、なかには無償という極端なケースもある。このため水にもエネルギーにも大量の無駄が発生し、一方で本当にこれら資源を必要としている村や農地に行き渡らないという状況を生んでいる。

サウジアラビアは長年にわたり小麦や乳製品の自給促進政策を進め、パンの生産全工程および乳牛などの畜産に多額の補助金をつぎ込んできた。乾燥した砂漠で小麦やアルファルファを栽培しようと思えば、大規模な灌漑のために掘削孔をどんどん深化させなければならない。これは技術的には可能だったものの、大深度から揚水する費用および帯水層の再生プログラムが欠如していたことから、持続不可能であった。帯水層の再生は、地下水の利用管理には不可欠だ。多くの国においては伝統的に、さまざまな形の井戸に頼った農業がおこなわれてきたが、その成否は自然にせよ人工的にせよ地下水の補充速度に左右される。

インドやパキスタンでも同様の問題に直面している。インドは灌漑のための電力を無償で提供したが、タダに近い水には価値がなく、これが水の使い過ぎや無駄を生んだ。パキスタンや中米・中近東のいくつかの国では、国際団体の援助によって掘削孔が急増し、帯水層が枯渇して塩水しか汲めなくなってしまった。

灌漑用水は、都市住民や工業生産の水需要としばしば直接競合する。米国東部の州では、水利をめぐって都市住民と農家の間で苦い闘いが繰り広げられたが、同じことが南オーストラリアでも起きている。中東ではトルコとシリア、またパレスチナとヨルダンの間で、水をめぐる争いが続く。今後気候変動による影響が増大すれば、同様の争いはもっと頻繁に、もっと熾烈になっていくだろう。

▶加工

農業生産の段階を過ぎて加工段階に入ると、さらに大量の水が消費される。米国の最近の研究によると、野菜の加工を行う企業では、野菜1トンあたり13~64トン、果物の場合は同3.5~32トンの水を使うことがわかった。表1は、最近のヨーロッパにおける研究報告で、食品ごと加工に必要な水量を示したものだ。こうして大量の水が使われているということは、その水の量を減らすエンジニアリング技術――より効率のよい洗浄システムや水のリサイクルといった先進技術、より効果的な管理システムなど――の開発余地があることを示している。

【表1】品目ごとの生産に必要な水の量

品目 生産量 必要水量

(リットル)

250ml 27
ビール 250ml 74
ワイン 250ml 109
1個 196
トマト 1kg 214
キャベツ 1kg 237
牛乳 250ml 255
ジャガイモ 1kg 287
バナナ 1kg 790
リンゴ 1kg 822
ピザ 1枚 1,239
パン 1kg 1,608
ドライパスタ 1kg 1,849
綿 250g 2,495
コメ 1kg 2,497
オリーブ 1kg 3,025
チーズ 1kg 3,178
鶏肉 1kg 4,325
バター 1kg 5,553
豚肉 1kg 5,988
羊肉 1kg 10,412
バイオディーゼル 1ℓ 11,397
牛肉 1kg 15,415
チョコレート 1kg 17,196

<訳注:英文オリジナルではアルファベット順だが、ここでは使用水量の多い順に並べた>

エネルギーについて

エネルギーは食品生産の全段階においてカギを握る資源である。加工や運搬に使用される分も含めると、1カロリーの可食部の生産には平均7~10カロリーのエネルギーが必要と推算される。その多くは化石燃料を主としているため、地球温暖化や気候変動の原因となる可能性があるという意味で、問題が多い。ただしこの7~10カロリーという平均値は、植物性食品と動物性食品をひとからげにしたものである。植物1カロリー分の生産には約3カロリーのエネルギーで済むのに対し、穀物飼育による牛肉1カロリー分の生産には35カロリーも必要だ。世界で肉食嗜好へのシフトが今後も続くとすると、これらの数字は持続可能性についての明らかな問題を提起していると言える。

表2は、典型的な小麦の生産工程におけるエネルギー消費内訳である。これを見ると明らかなように、近代の工業化された農業において最大のエネルギー消費項目は、肥料や農薬、成長促進剤などのアグロケミカルだ。ここに示した例では、これらアグロケミカルの製造に全エネルギーの半分が使われていることがわかる。これまでの農産物の収量増加のうち少なくとも50%は、化学肥料の使用量の増加が寄与したもので、これら化学製品の使用は現代の農業にとって不可欠なものとなっている。

【表2】典型的な小麦生産工程におけるエネルギー消費量(単位:1ヘクタールあたりメガジュール)

人力 6 (0.03%)
種苗 1,266 (5.60%)
化学肥料 10,651 (47.20%)
農薬 911 (4.00%)
電力 4,870 (21.60%)
機械 1,741 (7.70%)
燃料 3,121 (13.83%)
合計 22,566

▶肥料

商業用農業では、大量の化学肥料や鉱物性肥料が使用されている。これらは通常、窒素化合物(主に無水アンモニア、硫酸アンモニウム、尿素など植物の成長を強力に促進する物質)、およびリンやカリウムの化合物(リン酸肥料やカリ肥料などと呼ばれる)から生成される。1961年から1999年の間に、窒素肥料の使用は638%、リン酸肥料の使用は203%、また農薬の生産は854%増加した。

リン化合物やカリウム化合物は主に鉱物から採取できるが、窒素化合物はハーバー法を使ってアンモニアから作られる。この方法は、天然ガスから石炭など別の炭化水素を通して取り出した水素と、大気中の窒素とを化合させてアンモニアを作るものだが、石油も使われる。世界の肥料生産量は1年に1.78億トンにのぼり、1トンのアンモニアの生産には950㎥の天然ガスを必要とする。したがって、天然ガスの総生産量の3~5%(世界の年間エネルギー供給量の1~2%)を、肥料生産業界が消費していることになる。

窒素肥料の生産と散布には現在、1ヘクタールあたり平均62リットルの化石燃料が必要である。今後30年間に新興国へのエンジニアリング技術や農業技術の移転が進み、現行の農業生産に使われる土地面積は12.5%増えると予想されることから、この資源に対する需要は今世紀半ばまでに劇的に増加するだろう。2030年までに世界の肥料需要は25%増えて2.23億トンに達し、そのうち62%が窒素肥料と見込まれる。

▶貯蔵

多くの農産物は、収穫後そのままの状態では長期保存に適さない。小麦やトウモロコシ、コメなどの穀物は水分が多すぎるため、貯蔵の前に乾燥させる必要がある。大量のものを乾燥させるには、機械化されたインフラと、大量の電力および石油やガスといった化石燃料を使用する。乾燥して貯蔵した後も、一定の条件を保つためにさらにエネルギーが消費される。農産物中の水分が多いとカビなどの菌類がすぐ発生するが、一定以下の室温が維持されていれば安全なため、地域によって暖房や冷房などが必要だからである。

▶加工

食品加工にも大量の電力と化石燃料が使われている。しかも、消費者に届くエネルギー(カロリーベース)に比べて、著しく非効率なエネルギーの使われ方をするものが多い。実際の加工における消費エネルギー量分析は個別品目ごとに大きく異なるため、確定が難しく一般化した議論はできないが、わかりやすい例として、ファーストフードのハンバーガーの場合を表3に示した。

ハンバーガーの製造は生鮮食品と比べるとより多くのエネルギーを使う。その材料のいくつかは加工が必要で、遠隔地で製造されたものが冷蔵・冷凍されて販売店に運ばれ、さらに解凍・加熱といういくつものプロセスを経るためだ。最終的にハンバーガーを食べる人に提供されるエネルギー量は540Kcalもしくは2.3メガジュールであるから、その3~8倍のエネルギーが製造と流通に消費されていることになる。

【表3】ファーストフードのハンバーガー材料を作るのに必要な工学的エネルギー量 (単位:メガジュール)

少ないケース 多いケース
パン 74g 0.96 3.20
ミートパテ 90g 5.60 10.00
レタス 0.09 4.36
オニオン 0.06 0.12
ピクルス(きゅうり) 0.05 0.06
チーズ 0.54 0.90
合計 7.30 18.64

ハンバーガーのような標準化された食べ物ですら、各材料がどこでどのように作られたかによって、全体のエネルギー消費量に大きな差がつく。たとえば、温室栽培のレタスは露地栽培のものに比べて多くのエネルギーを必要とするが、この定説に差異が現れてくるのは、そのレタスが収穫地から販売地まで長距離を移動した場合である。たとえば全米のレタスの90%がカリフォルニアのサリナスバレーで生産されており、ここから冷蔵トラックやときには飛行機で米国各地へと搬送されている。

▶機械

近代農業は機械に大きく依存しており、これが食料生産におけるもうひとつのエネルギー消費要因となっている。農業用機械の改良が進み、高性能機器を駆使することで先進国の多くの大規模農家が少ない人手でも経営可能になった。GPSシステムは1980年代後半から使われはじめ、電子機器を搭載したトラクターとの通信によって農作業の正確なコントロールを実現した。こうした設備のおかげで、最適期に最小限の人手で行われる農作業の効率化が実現している。

開発途上国においては、人力または動物を使った作業が、低コストで製造できる小型機械に置き換えられつつある。耕土、種まき、収穫や運搬など様々な器具を装備した二輪駆動の「歩くトラクター」は、アジアで長年にわたって使われてきたが、いまではアフリカ各地でも広がりつつある。製粉所など小規模の加工場でも、伝統的な人力による方法が機械に置き換わるにつれ、ディーゼル燃料の使用が増加している。

農業部門は現在、世界のエネルギー消費量の3.1%を占めており、内訳は2.5%が先進国、0.6%が開発途上国となっている。途上国での農業機械化が進むにつれて、途上国の割合も農業部門全体の比率も高くなっていくと見込まれる。トラクターや収穫・出荷・搬送など農業用機械のほとんどはディーゼルエンジンを使う。加えて、なくてはならない灌漑用ポンプの動力もディーゼルだ。これらを合わせて年間約1.2億トンのディーゼル燃料が、農業部門で使われている。

人口が都市に集中するにつれ第一次産業である農業の担い手が減り、これが農業インフラの機械化を進める原動力となってきた。将来も機械化は大きく進展すると予想されるが、その度合いは知識量、政治的意志、そして燃料コストによって制限される可能性がある。

和訳©中川雅美

世界の食料事情~「もったいない」の実践を(1)増え続ける世界人口を養うために

 

世界の食料事情~「もったいない」の実践を(1)増え続ける世界人口を養うために

表紙これは、2013年1月に発表されたレポートGlobal Food-Waste Not, Want Notを、発行元である英国のInstitution of Mechanical Engineersの許可を得て和訳したものです。2013年3月に以前のブログでPDFを掲載しましたが、もう一度多くの人に知ってほしいと思い、数回に分けてテキストで掲載しようと考えました。私が食品ロスの問題に関心を持ち、基本的に菜食生活となるきっかけを作ったレポートです。

食料生産・流通にも電力を始めとするエネルギーは欠かせません。原発問題を考える際にもひとつの要素になるかと思われます。

オリジナルの英文レポートはこちら⇒ GLOBAL FOOD WASTE NOT, WANT NOT . 

(オリジナル英語版に章番号は付いていませんが、ここでは分割掲載のため便宜的に付加しました。またオリジナル版に掲載の参考文献一覧は和訳していません)

 


1.増え続ける世界人口を養うために


地球上の人口は現在70億人以上と推定されている。国連の中位推計では、2075年にかけて95億人のピークを迎える予想だが、もっと大胆な計算では142億人まで増えるという予測もある。しかしこうした総数だけでは、世界各地で起こる空間的変化や人口動態についてはわからない。実際、今後数十年の人口増加率や年齢構成の変化、社会経済的発展には、地域によって大きな違いがある。そこで機械エンジニア協会は、経済開発の段階ごとに異なる社会的特徴に基づいて世界を3つのグループに分けた。

  • 産業化を経て開発の進んだ成熟社会。たとえばヨーロッパ諸国など。人口は横ばいか漸減傾向で高齢化が進む。
  • 現在産業化が急速に進む、発展の後期段階に入った社会。たとえば中国など。人口増加率は鈍り、富裕層が増え、平均年齢も上昇していく。
  • 産業化が始まりつつある開発初期段階の社会。主にアフリカ諸国。人口増加率は非常に高く(2050年までに2~3倍)、若年層が圧倒的に多い。

21世紀の人口増加に最大の影響を与えると予測されるのが3番目のグループである。

95億人に向かって増え続ける人口に対応する食料需要を満たすには、物理的・政治的・社会経済的に多くの課題が待ち受けている。現実的な解決策を見出すには、科学者や農業従事者の努力とともに、技術者(エンジニア)たちがその持てる技術と知識を広く社会に還元し、創造性を発揮して革新的で持続可能なアプローチを提供していく必要がある。

立ち向かうべき課題のスケールの大きさを示すもうひとつの数字がある。人口増加に伴い、農産物の需要が今世紀半ばまでに70%増える、という長期予測だ。同時に、国々が豊かになるにつれ、穀物中心の食生活から動物性食品の大量消費へのシフトが起きる。今後40年で、動物性食品からの摂取カロリーは、世界平均で一人1日440Kcalから620kcalへ40%増えると予想されている。これは国・地域によって大きな差があり、たとえば東アジアおよびサハラ以南アフリカでは、一人当たり食肉消費の増加は重量ベースでそれぞれ55%と42%と予想されるのに対し、欧米を含む先進国では14%程度である。

今日までの歴史が示すのは、人口増加と食生活の変化に対応し、人類はエンジニアリングと科学の力で食料増産のための技術革新を行ってきたということである。たとえば1960年から2000年の間に、アジアとラテンアメリカにおけるコメ、トウモロコシ、小麦の生産量は66~88%も増加した。このような大量増産を可能にしたのは、高収量品種の導入や化学肥料の使用、収穫物の管理技術の発達である。同じ期間に、一人当たり食肉消費量は世界平均で50%増えており、なかでも東アフリカや北アフリカでは2倍、東アジアでは3倍に伸びている。

200年前、世界人口がいまの7分の1だったころ、トーマス・マルタス牧師が残した有名な予言がある。それは「将来の人口増加は遅かれ早かれ、飢饉や疫病、大量死の影響を受けるだろう」というもので、これは1960年代のポール・アーリッチの研究にも反映されている。しかしこの予言は、人類の創造力、適応力、創意工夫を前に、まだ現実のものとはなっていない。

今日すでに増産の余地があることが判明している地域もある。たとえば、今後最大の人口増加が見込まれるサハラ以南のアフリカでは、土地養分の枯渇を防ぐことができれば穀物生産を今の3倍に増やすことが可能とされている。これはニューヨークのコロンビア大学ミレニアム・ビレッジの研究によるもので、現在1ヘクタールあたり1トンと1960年代の水準にとどまっている収穫高を、3トン以上に増やせるというものだ。これは主に、施肥の管理技術の向上や品種改良、さらに最新のエンジニアリング技術と農業経済学の導入によって達成される。実際、この研究に参加した村では、年間の自家消費分以上の食料を収穫することに成功したという。

同様にマラウィは、政府が推進した品種改良と肥料使用によってトウモロコシの生産を3倍に増やし、同国は食料被援助国から食料輸出国、さらに食料援助国へと変貌をとげた。こうした例が示すのは、サハラ以南のアフリカにおいては、科学とエンジニアリングに基づく環境負荷の少ないグリーン革命によって、食料安全保障が大幅に改善される可能性があるということである。

こうした貧困国における農産物の増産は、世界規模の食糧危機に対する適切な対策である、という点では農業生産者も政策立案者も合意しているが、その推進を妨げるいくつかの問題がある。

  • 農業に利用できる土地面積の減少。環境破壊、気候変動の影響、エコシステム破壊防止のための諸制限のほか、バイオマスエネルギーや都市化、交通、工業、観光などの土地需要との競合が激化する。
  • 農業に利用できる水資源の減少。地球温暖化で降水が不安定になり、さらに都市開発や工業用の水需要との競合が激化する。
  • エネルギー、とりわけ化石燃料の大幅な価格上昇。簡単に利用可能なエネルギー資源は、需要の高まりとともに枯渇してきている。これは、耕作機械や加工・輸送・貯蔵設備を動かすために直接必要な燃料だけでなく、化学肥料や農薬の製造に使われる大量の天然ガスにも当てはまる。
  • 農業従事者の減少。経済発展に伴い、特に若い世代にとって他の魅力的な職業が増えるためである。

食料増産と同様、こうした問題もいずれ解決できる日がくるかもしれない。しかし、将来への影響を最小限にとどめるためには、同時並行で複数の取り組みを進めることが賢明といえる。その一つが、世界における食料廃棄の現状を把握し、食品ロスの削減を進めることである。

現在、世界では年間に約40億トンもの食料が生産されているが、そのうち30~50%、実に12~20億トンが、人の口に入る前に喪失または廃棄されている。この莫大な量の食品ロスを発生させている原因は複数ある。農業知識の欠如、インフラの未整備や管理手法の未発達、さらには無駄を生む政治・経済・社会的慣習などである。

もし世界人口が2075年までにいまの35%増しの95億人に達するとして、上記の食品ロスをなくすことが60~100%もの食料増産に匹敵するとすれば、どうだろうか?単純にいえば、ロスを削減・根絶するだけで、21世紀の食料需要激増への強力な対応策となりうることは明白である。しかも、食料生産は土地・水・エネルギーなどの天然資源を大量に使用するため、この取り組みは持続可能性の面でも環境破壊リスク軽減の面でも、多大な恩恵をもたらすと見込まれる。

私たち機械エンジニア協会は、将来の世代が十分に食べていくためには、食料生産効率を最大限に高める方法を追求するだけでなく、その食料を人類が余すことなく利用しきるための方策を見出す必要があると考える。この報告書は、エンジニアリングの観点から、もはや容認できないレベルに達している現在の食品ロスの主な原因を探り、それが今世紀予想される人口増加への対応に与える広範囲の影響を考え、鍵となる分野での現実的な解決策の提示および変革のための提言を行うものである。

和訳©中川雅美

 

「賊軍」の地より

今年は明治維新150年。だけど、これを福島県で言うと戊辰戦争150年となる。

自慢する話では全くないが、この歳になるまで日本の歴史なんてとんと興味がなかった。中学校の勉強はまったく記憶がないし、高校では日本史と世界史は選択制で、私は世界史を選択した。自国の歴史を知らずして世界史もないだろうと今にして思うが、仕方ない。そして最近は、むしろ世界というより人類の歴史、いや地球の歴史、宇宙の歴史のほうに関心があって、読む本もそういう類のものばかりだった。

bosinsensoでも今年はせっかく大河ドラマを毎週見てるし、せめて近代日本が生まれた頃の話をちゃんと知ろうではないかと思い、本を読み始めたのがふた月ほど前。県立図書館に行くと、ちゃんと戊辰戦争150年コーナーができている。もちろん、黒船が来てから明治維新までの大筋はぼんやりと分かってはいたが、何冊か借りて読んでいくうち、おそらく学校の歴史の教科書では触れていないであろうディープなエピソード類にも遭遇。東北、福島県、とりわけ会津の人たちが東京というか「国」(明治新政府のつづき)に対して一種微妙な感情を持っているとすれば(本人たちの自覚があるかどうかは別として)、なるほどこういうことに端を発していたのかと、今更ながら理解した次第である。

戦後、首都圏向けの電力供給地として、福島には水力、火力はもちろん、かの原発も建設され、絶対起きないと言われていた事故が起き、その後の顛末はご存知の通りだが、それをも戊辰から続く被虐の文脈で捉える人がいたとして不思議はないと思える。

そんな150年間の恨み辛みも、それこそ宇宙138億年の歴史から見れば大した話ではないのだけど、人は「我が一生」もしくはせいぜい「我がファミリーヒストリー」というミクロな視点からは逃れられない。

そういえば、私自身、薩摩と土佐は訪れたことがあるが長州はまだ未踏の地だ。日本もなかなか広いから、その地の歴史に育まれ、人々の暮らしの根底を成す通奏低音のような文化や価値観は、いくらネットの時代でも実はそこまで全国均一化されてないんじゃないかと思う。勝って官軍となった地に暮らしてみれば、また違う明治維新、違う日本が見えてくるのかもね。どちらが正しいとかではなく。暮らすのは無理でも、出雲大社詣りとあわせて近いうちにぜひ訪れてみたいと思っている。


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