おいしいパンを求めて

久しぶりに予定のない土曜日だったので、郡山へパンの買い出し。(こちらのパン屋やカフェは、けっこう日曜休みのところが多い。ちなみにヨガスタジオも日曜休みでおどろいた記憶がある。)朝食用のパンは切らすことができない。別にベニマル(※)の塩パンでもいいのだが、たまにはオーガニックのこだわりパンが入手したくて郡山まで行く。いつもの2軒をはしごすると、こんなに買ってどうするという量になってしまうが、冷凍庫というものは偉大である。その後は近くの産直で買い物、そして住宅街の中にある天然温泉へ。東京でいうスーパー銭湯みたいなものだが、38度とぬるめながらちゃんと温泉が湧いている。なかなかナイスな露天風呂もあって、パン屋→産直→温泉は郡山のお気に入り定番コース。

(※)イトーヨーカドーがこちらではヨークベニマル(略称ベニマル)。いまだについヨーカドーと言ってしまうが、いつか自然にベニマルと言えるようになるだろうか

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バラ・バラ・バラ

早いなあ、今日で10月も終わり。本格引越しから1か月。そして今日、私の仕事もちょっとした区切り。来月からは若干身分が変わって課を異動する。でもミッションは変わらず。日々の業務もほぼ同じ。席も2階から1階に移るだけ。なのに、花束なんかもらってしまった。両手いっぱいのバラなんて最後にもらったのいつだろう??どんな理由でも花をもらうってうれしいものだ。DSC_1512

帰ると郵便受けに税務署からの通知。品川→二本松、こういう情報の共有は間違いなく迅速になされるのね。そしておひとりさまの金曜夜は、「ちょっと贅沢なビール」で自分にプチご褒美。以前は、ビール1缶ケーキ1切れレジに持っていくのはなんとなく気が引けて、要りもしないのに必ず2つずつ買っていたが、最近はもう気にならない。年齢とともにまたひとつ、進化の階段を上ったようである。

おいしいトムカーガイが食べたい…

「地方」と一口にいっても、そのイナカ度合はさまざまである。福島県も広いが、新幹線が通るいわゆる中通り地方は、どこも「ちょいイナカ」くらいだろうか。成城石井や明治屋はないが、ふつうのスーパーはふつうにあるので、生活に不便ということはまったくない。

が、レストランシーンとなるとやはり首都圏との差は歴然としている。人口が少ないところでは、どうしてもニッチは狙えない。基本的に老若男女万人に受け入れられる無難な(=食べなれた)ものしか出せないのだろう。10580242_10206246065859786_3748270553560002123_nそれゆえか、こちらには「ちゃんとした」エスニック料理店がないんである。定期的にタイ、ベトナム、インドの料理を食べないと落ちつかない自分のような人間にとって、これだけは少々つらい。

いや、インドもタイも数軒ずつあることはあるのだが、東京の行きつけで食べるのとはやっぱり違うんだなあ。昨日もいろんな知り合い5人誘って久々にタイレストランに行ったのであるが、料理の味はどうしても少々残念であった。そういう意味では、東京人はまったくスポイルされている。(写真はちょっとだけ残念なインドの例)

しかし、いつまでも嘆いてるだけでは仕方ない。本格的なタイやインドを食べられる店がないなら、そういう料理を自分で作ればいいのだ!…と頭では当然わかっている。が、自分はやはり本質的に料理が好きではないのだと、つくづく思う。この、「女なのに料理が下手あるいは嫌い」というのは、イナカの価値観ではおそらく受け入れがたい態度なんだろうと思う。というか年配者(っていわゆる昔の人?)の価値観かな。そのうち自分が年寄りになるころには、包丁の下手なばあちゃん、裁縫できないばあちゃん、でも普通に許されるイナカ社会であってほしい。

この世は夢のようなもの

週末は帰京、実家で過ごした。2か月前に母がやっと退院したと思ったら、こんどは父が1週間の検査入院だ。母はまだ一晩一人にしておける状態でないので、弟と交代して2日ほど泊まり込み。これが一人っ子だったらほんとに大変だと思う。

母は入院中の薬が原因なのか、あるいは4か月も病院のベッドで昼夜がわからない生活してれば誰でもそうなるのか、短期記憶の喪失がどうも治らない。最近では、実際に起きていることを頭では理解しているが、すべて現実ではないような、夢を見ているような心地なんだそうである。→もしかして、それって「悟り」じゃん(笑)。一度死にそうになって生き返ったけど、実は自我が消滅して仏さまになったのかもしれないよ、と言ったら、最初は面白がっていたが、やっぱり悟りなんか開かなくていいそうだ。てか、冗談言ってられるうちに、ちゃんと成年後見人制度も勉強しておかなければ。

しかし自分が一人でこういう状態になったらどうするんだろう。延命治療の拒否や臓器提供なんかは、見つけやすいところに書いておけばいいだろうが、認知は厄介だな。我ながら娘がいたらなにかと便利だろな、とは思うがもう手遅れじゃ。でも子供がいたからって頼りになるとも限らないしね。80歳まで健康で、80歳すぎて病気になったら、医者にかからずそのまま死にたい。

今夜からだいぶ冷えている。初めて暖房をつけてみた。寒いのと暗いのはどうしても嫌い。

それでも人はコメをつくる

キーウィをたくさんいただいたので、ジャムにした。こちらでは食べ物、とくに野菜をよくいただく。福島に限らず、少しイナカにいくと、兼業農家つまり自家消費分の米や野菜くらい自分で作っているサラリーマン家庭はめずらしくない。役場の職員でも、(原発事故で避難するまで)米と野菜は買ったことがなかった、という人が結構いる。親が田んぼをやって、サラリーマンの息子は田植えと稲刈りのときだけ仕事休んで手伝うみたいな、二世代・三世代同居だからこそできる「ぜいたく」だ。

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単身で兼業農業はなかなか厳しいが、小さな畑くらいできれば、食糧危機の心配も減る。日本の食料自給率が低いと騒いでいるが、野菜に限れば自給率は8割だというから、なんちゃってベジタリアンの自分は自給率5割を超えてると思う(ほんとの自給率アップには自分で作らなきゃだが)。問題は粉モノだ。日本人、ご飯つぶ食べなくなってパン食が増えてるのに、どうしてもっと小麦作らないんだろう?これだけ減反してもなお、日本のイナカの風景を占領しているのは、やっぱり圧倒的に水田なのだ。四国のイナカに行ったときも、急峻な斜面にへばりつくように、幅わずか2メートルくらいの棚田がつくられているを見て、東京から視察にいった我々は、「それでも人はコメを作るんだ」と感心したのを覚えている。補助金とかいろんな理由があるのだろうけど。(写真は仕事場の近所の田んぼ)