人生すべて、周囲の理解とタイミング

DSC_1574先週、こんどは父が入院した。

去年は母が4か月半も入院し、一時は危篤に。その間ほぼ毎週末二本松と東京を往復して、JRには数十万を支払った。ほかにも駐車場代やタクシー代、それに帰省中は自宅で自炊するのとわけが違うから、なんだかんだで食費もかかる。

親に会いに行くのにお金を惜しむわけではないが、現実問題として、離れた場所にいる親の面倒を見るのはそれなりに経済的負担となる。私が地方暮らしの場所に福島を選んだのは、第一にはたまたま仕事があったからではあるが、やはり東京に近いという理由も大きい。これが同じ東北の被災地でも岩手の北の方だったりしたら、おそらく実行していなかったと思う(それに寒いし)。

四十も後半になれば、友人との会話もだんだん自分の健康と親の病気の話題が多くなり、変な時間に電話が鳴れば「いよいよ来たか」と覚悟を決めるようになる。といっても、私が2年前にお試し移住を始めたころは親はまだ元気でいてくれたので、「親が倒れて駆けつける」というシチュエーションは想像できても現実感は薄かった。

というか、元気だったからこそお試し移住もできたわけで、もし決断が1年半遅れていたら、いま自分は福島にいなかった。こんなたくさんの人に会うこともなかったし、こんなに人へ伝えたいこともなかっただろうし、だからこうしてブログを書いてることもなかっただろう。そういう意味では、あのタイミングで決断しておいて本当によかったと思う。人生、そういうタイミングって何度かあるものだ。

それと、単身移住の可否を決めるのは兄弟の存在。自分の場合、ありがたいことに弟が親の近くに住んでよく面倒を見てくれるので、勝手な姉は「お試し移住」とか言っていられるんです、はい。

幸い、今回の父の入院は大したことなく1週間で帰ってきてくれた。残念ながら親は年取っていく一方なので、これからもあわてて新幹線に飛び乗る機会はあるだろうが、運よく福島にちょうどいい家が買えたら、一度くらいは連れてきたいものだ。

(写真は、正月に実家の近所を親と散歩中に見つけた山茶花)

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人生すべて、周囲の理解とタイミング” への2件のフィードバック

  1. 今日はこちらにコメントです。
    いつもいつも、ブログを読みながら「そうそう~!」と相槌ばかりです。変な話、私と同じ体験・考えを少し遅れてされているので、大先輩のはずのMさまがちょっと後輩に思えます(笑) ウチも姉が親の近くにいてくれるから、有難く田舎生活できてるわけですが、私も地震や親の入院が移住より先にあったら、親の近くにとどまったかもしれません。

    私も移住後に家族に次々色々と問題があったわけですが、私たちが飛行機でしか行けない距離の所に住んでいて、休んだら儲けなしの自営業と言う環境のために、心配かけまいとすぐに連絡してこなくなったりして。

    それで逆に私の方がそう思われていることに寂しくなったりして、いつまで親の顔を見られるかわからないし、早く親孝行しなければ、姉にやらせっぱなしもいけないな、という気持ちになり、もう少し簡単に帰れる環境にしたいな、とちょっと今後の方向性を考えるようになっています。移住10年までまだ少しありますが、ここらで立ち止まって考える時期かな、なんて思う今日この頃。長々しつれいしました。

    いいね: 1人

    1. 地方移住先輩のKura-chan、いつもありがとう。必ずしも移住=定住ではないのだと思います。状況は変わるのだしね。大事なのはいつでも必要に応じて身軽に動けるようにしておくことだと、個人的には思ってます。お店を開いていると大変だと思いますが…

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