はじめての、別れの季節

大学を卒業してから、東京での宮仕え四半世紀の間、4月~3月という日本の一般的な年度サイクルとは無縁の生活をしてきた。勤めたどの会社も、会計年度の始まりは6月とか1月とかだったし、一斉に新入社員が入ってきて、一斉に定年退職者が去っていくという職場も経験したことがなかった。人は年中出入りしていたから、もちろん送別会や歓迎会はあったが、ごくシンプルなものだった。

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それが、福島に来て小さな町役場というところで仕事をしてみて、日本では3月が別れの季節なのだということを改めて実感している。

昨日は、役場を定年退職する人たちや他自治体などから1~2年の任期で派遣されていた人たちへの感謝状贈呈と送別の会があった。送別会というのは飲み屋でやるのではなく、卒業式のようにちゃんと「送る言葉」があり、送られる一人ひとりが挨拶をする正式な行事だ。定年退職者の中には、39年以上勤めあげた人もいる。さぞやいろいろな経験をされてきただろう。特に震災以降の5年間の苦労、最後が全町避難中の仮庁舎でのお別れとなったのは、本当に気の毒だと思う。役場で3月を迎えるのは実は3回目なのだが、今年は少し違った。挨拶を聞いていて、涙が出たのはそれこそ卒業式以来だった。

福島のこのあたりでは、梅と桃と桜がいっぺんに咲く。木蓮のつぼみもだいぶ膨らんできた。別れがあるからこそ、花々はいっそう愛おしい。

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3回目のホワイトデー

さて、311日が過ぎた。アニバーサリーを目がけたマスコミ狂想曲もやっとおしまい。全町避難している自治体の広報手伝いという仕事柄、時間的には大したことなくても心理的には結構拘束された1か月であった。大震災・原発事故については個人的にいろいろ思うことはあるが、このブログのテーマではないので置いておく。まあ一つ確実に言えることは、それでも人々の生活は続くということだけだ。

で、狂想曲のさなかにバレンタインデーが来て、アニバーサリーが終わってすぐ、ホワイトデーが来た。

バレンタインにはちゃんと課の女性陣みんなで、男性陣みんなにチョコを贈った。といっても私は参加費を払うだけだが、去年も一昨年も、福島で仕事を始めてからは毎年そういうことになっている。まことに日本らしい。バレンタインに男の人にチョコを贈るなんて、たとえ義理でも何十年ぶりかで、最初はちょっと可笑しくなった。が、ここで「外資系長かったんです」ヅラして「そもそもバレンタインてさー」とか水を差すような話をするのはナンセンスである。むかーし一度だけ、転職したての職場で女性陣からチョコ購入費の集金袋が回ってきたとき、若気の至りで「そういう無駄はやめましょうよ」と一蹴し、一人だけ参加しなかった。なのにホワイトデーのお返しは私の分まで頂いてしまい、私はそこで世の中の条理というものを学んだのである。

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今年のバレンタインも、お誘いいただいたからありがたく参加した結果、本日のホワイトデーでは複数の方から1週間分にも相当するお菓子を頂戴した(写真はすでに2つ3つ消費した後)。だいたい女子のほうが数が少ないため、確実にプラスのリターンが見込める投資ではある(笑)

しかし、普段からお土産などで甘いものをいただく機会が多いところへ、このホワイトデー。ダイエット中ですからとお断りするのも失礼だしね(というかウソだしね)。歓送迎会シーズンも控えてるしね。春に向かって代謝が上がることを期待しよう。季節はめぐるのだ。