クリスマスだって寂しくないもん

先週後半は二晩連続で忘年会だった。どちらも電車で行き、おかげでいい気分で酔っぱらうことができた。駅から徒歩圏内に引っ越してよかったと思うのはこういうときである。さもなければだれかの車で送迎してもらう段取りをするか、タクシーなり運転代行なりにお金を払わなければならない。ローカル線のダイヤは1時間に1本以下と少々不便ではあるけれど、東京の最終電車のように酔っ払いで満員ということもなく、乗り過ごしさえしなければいたって快適である。

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寝坊した土曜日は、昼からコンタクトレンズを買いにぷらぷらと福島駅ビルへ。普段は食品売り場を除くとかなり人口密度が低いのだが、さすがに師走の週末。華やかなディスプレイが寂しく見えない程度に人がたくさんいて、いい感じである。館内の眼科の待合室は、私と同様レンズ処方箋を書いてもらう客でいっぱいで、家に帰ったらうがいをしなければ!と思うくらいであった。それでも待ち時間は東京で買うときの半分くらいだろうか。

福島市はこの辺のバランスがちょうどいいんである。

人口は28万人ちょっと。この規模だと全国(少なくとも地方ブロック)チェーンの店が出る。例えばスタバ、ユニクロ、無印良品。東京で作ったメンバーズカードがそのまま使えるコンタクトレンズのチェーンもあるし、優待目当てで株を買った総菜チェーンも駅ビルに入っているので、優待券をもらっても無駄にしなくて済む。(このあたりが、人口6万人に届かない二本松市では少々不便だったところだ)

10分で大型スーパーも大型書店も家電量販店もあるし、プラス10分走れば産直で旬の新鮮野菜や手づくり総菜が格安で買える。チェーンのスーパー銭湯もあるが、もうちょっと山の方にいけば本物の温泉が楽しめる。通勤渋滞はしても満員電車はない。人が多すぎず、不便過ぎず、かつ「定番」なイナカ暮らしの良さも味わえて、まことにちょうどいい。

ちなみにこの福島市、県庁所在地にもかかわらず人口ではいわき市と郡山市(ともに34万人前後)の後塵を拝している。郡山市が「県庁を郡山へ」というキャンペーンを張って以来、福島市とは東京と大阪のようなライバル関係にあるのだそうだが、外から見ればまあドングリの背比べである。JR東日本によると、2015年の渋谷駅の1日平均乗客数37万人超だったそうだから、3市とも渋谷駅の雑踏の1日分にも満たないわけだ。しかも渋谷のこの数字はJRだけであって、このほかに東急が45万人、東京メトロ21万人。ダブってカウントされる人数が多いとしても、軽く60万人は越えていそうである。

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まったく、この時期の渋谷なんて、きっとすごいことになっているんだろうなあ。

30代半ばの一時期、渋谷駅から徒歩15分くらいのところに住んでいたことがあって、毎日あの交差点を渡って通勤していた。いわゆるバブルの頃よりはだいぶ後の話だが、それでも夕方からの人混みは尋常でなく、仕事帰りでぐったりした金曜の夜など交差点を前に呆然自失、今日は家までたどり着けないかもしれないと半ば本気で思ったものだ。もうあんな人混みはノーサンキューである。

イナカの人間関係は近すぎて濃すぎて嫌だ、という人がいるが、東京の方がよほど人と人の間の距離は近い。物理的なスペースと心のスペースは反比例するんだろうか。

年末年始は地元・川崎の実家に帰って過ごす。渋谷ほどではなくても、なにやら再開発が進んでいる川崎駅周辺の混雑も大したものだ。めっきり弱って繁華街などへは出歩けなくなった両親に代わり、いろいろ買い物に出なければならなそうだが、あの混雑を思うとまことに気が重い…

(最初の写真:福島駅前のイルミネーションは、郡山駅前と比べて少し控えめ。ま、これもドングリの背比べね。それにしても混雑と無縁で快適。)

(次の写真:福島駅近くのパセオ通りという繁華街。歩行者数的にはまったく繁華してないが、路上に並ぶ代行サービス車の数がこの時期らしい。冬のパセオ通りを盛り上げるため10年前に始まったイルミネーション、電球は街路樹1本につき2000球だそうな。)

 

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wanted to stay in love with you

昭和の建物の話をしたので、今日は昭和の音楽の話を。

この時期、昭和のあなたにとってクリスマスソングといえば何ですか?タツロー?ユーミン?ワム!っていうイギリスの二人組もいましたね。

私にとってのクリスマスソングは、そりゃやっぱり原田真二さんである。知る人ぞ知る、1981年(昭和56年)のミニアルバム「Merry Christmas」はまさに珠玉。アカペラのWhite Christmasなど、何度聴いてもうなってしまう。

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このころの原田さんはすごかった。クライシスという彼のバンドもすごかった。1977年18歳でデビューした原田さんの39年の音楽歴の中でも、私がいちばん好きな時代だ。1980~1981年には、「Human Crisis」と「Entrance」という伝説のフルアルバム2枚に加えて、年末にはこのミニアルバムまで出しちゃった。同じ頃の吉田美奈子さんなどもそうだが、なんというか、才能があふれ出しちゃっていくら曲つくっても間に合わないという状態が、ありありと感じられる。

いぶし銀の魅力もいいけれど、20代という若さのエネルギーは、やっぱり何ものにも代えがたいんだな。この頃の原田さん、歌詞は粗削りな感じなんだけれども、表現がストレートなだけにかえってグッサリくるんだな。クリスマスソングはその後も出たけれど、正直なところMerry Christmasほどの衝撃は感じないんだな。

このミニアルバム、実はリアルタイムでは入手してなかったのだが、ファンを再開した6年ほど前に、黄金の時代「ポリドールイヤーズ完全版(Reマスタリング)」を購入したところ収録されていて、初めて出会った次第。以来、この時期は朝から晩までこれである。

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そういえば今年は原田さんのライブに一度も行かれなかった。来年はデビュー40周年だから、久しぶりに大きな会場でのバンドライブを楽しみにしよう。

40年なんて、あっという間だね。

昭和生まれですがなにか? ふくしま昭和ノスタルジー

先日、「白色申告の方向け決算説明会」に出ようと、会場の福島市公会堂というところへ初めて赴いたのだが、到着したらなぜか入口のカギが全部しまっていた。裏口から入って事務所で聞いたら、なんと日にちを間違えていたことが判明。苦笑いしつつ、いい散歩になったと自分を慰め、せっかく来たのでブログネタを探す。

DSC_0731と、閉まった入口扉に、「震度6強以上の地震に対し倒壊・崩壊の危険性が高い」という耐震診断の結果の貼り紙がしてあった。

この公会堂、たしかに見るからに年季の入った建物である。ウィキによると開館は昭和34年だというから、私より年上ではないか。東日本大震災のとき福島市内の揺れは相対的に小さかったようだが、それでもこの60歳近い建物にダメージが全くなかったわけではあるまい。震度6強などめったに来ないとは思っても、こんな貼り紙を見たらできれば近寄りたくないと思ってしまうわね。

だからかどうか、公会堂の今月の催行イベント数は一桁しかない。しかもその半分は、私が日にちを間違えた「決算説明会」と、関係者だけしか入れないリハーサルである。観客席が埋まる日って年に何回あるんだろうか。施設維持費がどれだけかかっているのか知らないが、レンタル収益だけではとうてい賄えなさそうな気がする。ウェブサイトを見ると、来年1月から予定されていたトイレ改修工事も(なぜか)中止になったそうで。…なんだか気の毒になってきた。ハコモノの維持管理というのはとかく大変なものである。

公会堂に限らず、福島市内の大きな建物はたいてい古い。県庁の本庁舎なども恐ろしくアンティークである。東京都心は再開発と称してどんどん新しいビルが建ち、少し見ないとどこだかわからなくなってしまうくらいだが、福島駅周辺で今世紀に入ってから建てられたビルと言えば、西口のコラッセふくしまと数棟のマンションくらいではなかろうか。

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表玄関の東口を出て目の前には、地場のデパート「中合」と地場のホテル「辰巳屋」があって、いずれも昭和48年(1973年)の開業。つまりこの40年余、駅前の風景はほとんど変わっていないと思われる。

子供のころの私にとって、デパートと言えば地元・川崎駅前の「さいか屋」だったが、「中合」はそれを彷彿させる古き良き昭和のデパートの佇まいだ。といっても普段は用がないので、1年前に福島駅の反対側に引っ越してきてからまだ2回ほどしか覗いたことがない。でも今日は時間があったので、初めてエスカレータで最上階へ向かってみた。もしかして、昭和のなつかしい「お好み食堂」が残っているのでは?と思ったのだ。

が、さすがにその時代は過ぎていた。代わりに横文字の名前のレストランが入っていて、中もモダンな内装になっている。でも日本らしく、ちゃんとメニューサンプルが外のガラスケースに並んでいるので物色していると、あ、お子様ランチを発見!

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そのほかにもお子様向けメニューがけっこう充実している(ふむ、そんなにお子様が来るんだろうか…w)。大人向けのメニューも寿司あり定食あり、これ、つまり横文字になったお好み食堂だよね?よかった、なんだか昭和に出会えた気がした。(その理屈でいえばファミレスもお好み食堂の一種といえるが、デパートの上階というロケーションこそノスタルジーの源泉である。)

とメニューだけチェックして(お腹すいてなかったので、すいません)、またエスカレータで1階ずつ下る。師走の日曜の昼下がりにもかかわらず、どのフロアもかなりゆったりと買い物ができそうであった。高齢のお客さんが増えて外商のほうが活躍しているのかしら?(希望的観測)百貨店という業態自体が昭和なのかもしれないが、昭和生まれにとっては消えてほしくないものの一つではある。

だったら買い物しろよ、と自分に突っ込みをいれつつ、1Fのテナント喫茶店でフルーツパフェのみ頂いて今日のプチゼイタクは終了したのでありました。