凍み餅デビュー

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前回の投稿でも紹介した、凍み餅(しみもち)。福島県山間部の伝統的な保存食である。道の駅などでも見かけるから、土産物としても人気があるんだろう。もちろん存在は知っていたが、自分で買って食べるところまで至っていなかったので、うら若い男子が貢いでくれたこの機会に、さっそく食してみることに。

しかし、保存食だけあって、お腹がすいたからといって袋を開けてすぐに食べることはできない。この時期だと一晩くらい浸水しないといけないのだ。凍み餅というくらいだから、餅を凍らせて、さらに乾燥させて作るという。作るにもえらい時間がかかるぶん、食べるにも時間がかかるんだね。

DSC_0992朝、ボウルの水に入れて外出して、帰って来たら1.5倍くらいに大きくなっていた。おまけにぱっくり地割れしていたが、自分で食べる分には支障はなかろう。触るとまだ固いが、7時間は経っていたのでもう次の工程に移ってもよいと判断し、バターを敷いたフライパンへ。とりあえず弱火で焼き始める。

ジューとバターのいい香りがしてくると、餅はさらに膨らんで周りがモチモチになってきた。でも箸でつつくとまだ真ん中は芯がありそうだ。少し蒸し焼きにしてみるべと思い、ふたをして待つこと数分。

全体がぶわっとして、いかにもおいしそうな「餅」というルックスになってきた。醤油をまわしかけ、王道「バター醤油」でいただく。「ごんぼっぱ」という何かの葉っぱが練り込んであるらしいので、ヨモギ餅みたいに緑がかっている。「ごんぼっぱ」の味はよくわからなかったが、とにかく充実の質感。安手の切り餅をレンジでチンしたのとは格が違う。やたらにビヨ~ンと伸びたりせず、いかにもコメをついて作ったんだよという、しっかりしたテクスチャーだ。

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はっきり言って地味な食べ物である。郷土食なんてみんなそんなものだが、それを村おこし、まちおこしに精一杯活用しようとしている人たちがいる。おいしさも地味だし、手軽にチンして食べられる便利さもない。マス向けには当然、無理だ。もちろんそんな量も生産できない。だからこそ、面白いマーケティングができるんじゃないかしらん?

口の周りをバター醤油だらけにしながら、そんなことを思った昨夜。

 

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パンツがはける身体に

このたびはデパートで洋服を買った。十年以上ぶりではなかろうか。

物持ちがいいうえ自他ともに認める断捨離上手のワタクシ。ひとつ買ったらひとつ捨てるのが原則であったが、先日は新しいのも買わないうちに20年選手だったパンツを3本も捨ててしまい、仕事で着られるパンツがなくなってしまったことに気づいた。

そこで、たまには無印〇品やユニ〇ロでないものをと、以前ここでも紹介した福島駅前の昭和レトロなデパート「中合」へ赴いたところ、美脚研究所による「魔法のパンツ」なるものを発見。即購入。まあ、いくらパンツにがんばってもらったところで限界はあるのだが、ストレッチ素材ということではきやすいことははきやすい。

福島に来て車生活になったら、それまで私のワードローブの主流だった長いスカートは、乗り降りがしにくくたいへん不都合だということが判明した。それでも、太い脚を隠してくれるスカートからの脱却は難しく、しかもパンツは今回3本廃棄して1本しか新調してないのだから、クローゼットの中はまだまだスカート比率が高い。が、フリーの仕事の比重がふえていくだろう今後は、クリーニング代節約のためにも、洗濯機で洗える美脚パンツが徐々に増えていくことが予想される。

今日、その裾上げが終わったパンツをとりに中合デパートへ寄ったついでに、最上階の催事場を覗いてみたら、「四国物産展」をやっていた。他の階ではお客より店員のほうが明らかに多いと思われたが、ここだけは客の熱気がただよっている。駅弁フェアなんかもそうだが、我々はほんとに「ご当地もの」が大好きなんだな。かくいう自分も、覗くだけのつもりがついついあれもこれも欲しくなってしまう。

DSC_0991といっても、美脚パンツという贅沢品を購入したばかり(私にとって1点1万円以上の衣料品はいまや贅沢品)で財布は節約モード。四国五葉松のミニ盆栽も、何とか織りのすてきなシャツも、オリーブオイルの化粧品も、カツオも土佐牛も見なかったことにして、ブンタン3個650円をいただいて帰路につく。

福島はフルーツ王国ではあるが、さすがに柑橘系の北限は越えている。産直にいっても地元産のミカン類はない。そんななか遠く四国から運ばれてきた大きなブンタンの売り場は大人気であった。

家に帰って、ブンタンいつ食べようかなどと思いながらこのブログを書いていると、ピンポーンと宅配便。届いたのは下の写真のとおりシードル2本に加えて、手前は「凍み餅」(しみもち)というこちらの郷土食だ。原発事故で被災した葛尾村という村出身の若い男子が、故郷の復興のため東京からUターンして立ち上げた団体の仕事を、いわばプロボノ的に少し手伝っているのだが、その男子からときどきこうして「貢ぎ物」をもらう。凍み餅もたぶん、彼の主催したイベントで手作りしたものだろう。ありがたい。男子よ、がんばって稼げるようになったらオバサンを食わしてくれ(笑)

いや、できることなら食わなくても生きていかれる身体を手に入れたいのだが… いや、その前にパンツがはける身体を手にいれなくては…

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ご安全に、ご安全に

あっという間に2月じゃないか。

お試し移住のつもりで福島県に来て、正式に仕事を始めたのが2014年の2月1日だったから、丸3年が過ぎたわけだ。(下の写真は3年前の津波被災地で撮影したもの。今ではガレキ類はすっかり片付いている)

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最初の年の秋ごろ、親友のWさんが自分の家族とご両親まで連れて遊びにきてくれたのだが、そのときそのお父さんに「3年は暮らしてみなさいよ」と言われたのを覚えている。当時は1年ちょっとで東京に帰るつもりだったから、「いやぁ、どうですかねえ」などと適当な返事をしたのだが、気がつけばお父さんの助言どおりになっている。

思えば遠くへ来たもんだ。物理的な距離じゃなくて、仕事、暮らし、そういうもの。

先月の終わりに、あのイチエフを視察する機会があった。といっても、イチエフという言葉は福島県外でどれだけ一般的なんだろう。福島第一原発のことだと、みなすぐわかるんだろうか?そんな感覚まで鈍くなってしまった。

ま、いいや。

事前に「福島第一原発廃炉図鑑」という本を読んでいったこともあり、実際にイチエフを見てみた感想は、予想以上でも以下でもなかった。感心したのは構内に入る際のチェックの厳しさだ。もちろん通りすがりで見学はできない。事前登録した氏名と身分証明書を突き合わせ、暗証番号を押してゲートを通過し、さらに空港のような金属検知器も通過する。

イチエフの中では「ご安全に」というのが挨拶だと本に書いてあったが、私たちも敷地内をめぐる視察バスに乗り込む際に、そういって送り出された。「ご安全に」に返す言葉は「ありがとう」だろうか?用法としては「ごきげんよう」と同じ気がするから、返礼も「ご安全に」でいいのか?

まあそれもどうでもよろしい。

車窓から見学する限り、今はもうタイベックススーツとか全面マスクとかは必要ない。線量計とともに支給されるのは、手袋と靴カバーだけだ。50分ほどの見学を終えて、被ばく線量はガンマ線0.01mSvで、歯のレントゲン1回と同じ。

現在のイチエフには1日平均4~5組の視察がくるという。当然、専門の対応チームが組織されていた。視察中構内の写真撮影は禁止だが、アテンドしてくれる東電のスタッフがちゃんと要所要所で撮影し、後でワンセット送ってくれる(下の1号機2号機の写真はその中の2枚)。視察の受け入れは東電にしてもかなりのリソースを必要とするんだろうが、彼らにとって今それを惜しむことは許されない。

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それでもイチエフ廃炉のニュースが福島県外で流れることは、もう頻繁にはないのだろう。原発事故被災地の人たちからすれば、けしからん、風化しているという話なのだが、客観的に見れば米軍基地のニュースが沖縄県外でほとんど報道されないのと同じことだ。

いちおう「復興支援」という名目で、私が被災自治体の手伝いを始めて3年たった。日々の役場仕事というミクロで見れば、それなりに役に立ったことはあるんだろう(と思いたい)。が、被災者の心の復興というマクロの状況は、3年前とどれだけ変わってるだろうか。

友人のお父さんが「3年やってみろ」といったのは、「石の上にも3年」という意味だったのかどうか。


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