ガス管自殺?の笑い話

先月の話になるが、正月以来1ヶ月半ぶりで川崎の実家へ行ったときのこと。

真冬の寒さで両親ともあまり出歩かなくなっていたが、幸い暖かい日があったので、運動がてら母を連れて駅まで用足しにでかけ、ついでに私も母も久しぶりに食べたかったタイ料理屋に入った。

DSC_0987 (2).JPG手元も口元も少々怪しくなってきた母は、皿に取り分けるにも口に運ぶにもボロボロとこぼすので、まるで小さな子供と食事をしているようだ。赤子に戻るという還暦はすでに20年前、いまや再び立派な成人になってるはずなのに…(笑)

老いには抗えないのは悲しいが、赤ん坊と違って昔話ができるのは楽しい。

この日、大好きなトムカーガイをほおばりながら母が問わず語りしたのは、二十歳のころ、ガス管を口にくわえて自殺のフリをしたという話だった。なんでも、気に入らない相手と結婚させられそうになり、捨て身で抗議したんだそうである。

女は高校を出たら結婚する時代だった。でも母は一度は勤めに出たいと言い張り、3年だけという条件つきで銀行に就職を許された。しかし祖母は特に口うるさく、二十歳を過ぎたら嫁に行き遅れるからと熱心に見合いの話を持ってきた。母には淡い恋心をいだいた職場の後輩がいたものの、一回くらいは仕方ないと見合いに応じる。先方は母をたいそう気に入ってくれたが、母の方は全くノーサンキューで、断りたかったが祖母がそれを許さない。どうしても嫌で、ガス管をくわえて死んでやる!とやったところ、祖父がとりなして、めでたく?縁談はなかったことになったという。

その後、銀行の仕事は約束の3年で辞め、料理や洋裁、和裁の教室に通いながら(まさに花嫁修業!)さらに2回ほど見合いをし、3人目が私の父だった。そこで観念したのは、「その前の2人よりはマシだったから」だそうである。

母の生活に関してとりわけ祖母がうるさかったという話は前にも聞いたが、まぁガス管自殺の話は初耳だった。短期記憶はかなり曖昧になっている母だが、こういう昔の記憶は鮮明である。いまのうちに、他にも笑い話ネタがないか聞きだしておかなければ!(笑)

(写真は、母と行った川崎のではなく、福島市に新しくできたタイ料理屋さんのプ―パッポンカリー)


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