東北新幹線よ、ありがとう

サイクリングに最適の真っ平らな福島市街地。その中にぽっこり浮かぶ島みたいな信夫山(しのぶやま)は、市民のオアシス的な存在だ。その信夫山を背に鎮座している県立図書館には、ほぼ毎週末、本を借りに行く。

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先週の日曜日は暖かかったので、運動がてら遠回りして歩いていったら、いつもと違う道から図書館の裏手に出た。すると、信夫山の斜面に向かって階段が伸びているのに気がついた。

どこに行くんだろ?ちょっとした遊歩道にでもなってるのかしら?

時間はたっぷりあるので登ってみる。

百段ほど登っただろうか。小さな見晴らし台みたいなところに出て、突き当りにいきなり、「慰霊」の文字が刻まれた碑が目に入った。ぜんぜん予期してなかったので、ちょっと面食らった。見れば日本国有鉄道と書いてある。そう、それは東北新幹線の建設中に命を落とした人々の霊を慰めるためのものだった。

帰京のたびにお世話になる東北新幹線。大宮~盛岡間の開通は国鉄民営化の5年前、1982年だったそうだ。東海道新幹線と比べても、たしかにトンネルが多い。山の中をあんなに速く走るために、まっすぐな線路を作るために、あんなにたくさんトンネルを掘ったんだ。そのおかげで、東京~仙台など余裕で日帰りできる距離に縮まった。

新幹線ができるってやっぱりすごいことなんだ。この新幹線がなかったら、東日本大震災後の復旧・復興などもっと遅れていたかもしれない。いや、確実に遅れていただろう。個人的にも一昨年、母が大病して毎週末帰京していたとき、在来線で片道4時間なんてかかっていたら私の身体がもたなかったかと思う。そもそも福島移住も考えなかったかもしれない。

その新幹線を通すために、転落や落盤で(だけに限らないだろうが)こんなにたくさんの人が犠牲になってたんだ。

慰霊碑の背後には百余名の殉職者の名前が刻まれた、別の碑が建っている。

DSC_1137振り返ると、新幹線の線路が見える。ここはちょうど信夫山を貫くトンネル入口の真上なのだ。慰霊碑の裏側ではなく、同じ方を向いて名前が刻まれているのは、そういうことか。

毎日、このトンネルに滑り込んでいく新幹線を見て、皆さんさぞや誇らしかろう。

いつも当たり前のように乗っているけれど、ありがとうございます。皆さんのおかげです。

(追記:東海道新幹線建設中の殉職者は210名だったそうです)


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