サクランボを食べながら、こう考えた

6月は延べ10日間ほど、サクランボ農園の手伝いをした。

福島県の思惑通り、「福島といえば桃」というイメージが世間に定着しつつあるかどうか知らないが、この地の名産は桃だけではない。サクランボ、梨、リンゴと、我が福島市の果樹農家さんたちは春から秋まで大忙しである。なかでもサクランボは季節が短い。6月初から7月初の1ヶ月が勝負だ。

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ゴールデンウィークのころ、サクランボの授粉の手伝いをしたという話を書いたが、そうやって自分が授粉させた花が、こういうふうに実になるんだということをこの目で見ると、平凡な言い方だが、自然の摂理というものに改めて驚かされる。

サクランボを作るのはサクランボ農家ではない。サクランボの木なのだ。

以前から食品ロスがマイテーマで、いろいろ調べたりしているうちに、人口が70億を超えた世界には近い将来、水危機・食糧危機がくることを確信するようになった。地球上どこに住んでいても最終的にこの問題からは逃れられないが、場所によって多少は時間差があるだろうから、水源が豊富な日本は相対的に有利だろうし、日本の中でも食糧がある程度自給できる農村部のほうがさらに有利なんじゃないか、と考えた。

世界規模の危機以前にも、たとえば東日本大震災で東京都心のスーパーの棚から食べ物が消えたとき、やっぱり食べ物の生産地の近くにいたほうが、飢える確率は低いような気がした。

さらに、両親が幼い頃に空襲を避けて地方へ疎開したときの話で、都会から来たひもじい子供たちを前に、食料を持っている農家がとった偉そうな態度が忘れられないと、よく言っていた。だから、国家の非常時にあっては農家農村がやっぱり強いのだ、と思った。

そんなことで、私が福島に移住したのは、少しでも食糧生産の現場に近いところに居ようという危機管理的な意味合いも、なくはなかったのである。その延長で、次は小さくてもいいから土地を買い、多少でも自分で食べ物を生産できるようになっておこうというプランも、まだ捨ててはいない。

DSC_1539しかし、実際に農業というものの現場に多少なりとも触れてみると、その「危機管理」も甘い幻想だということがわかってきた。農業も、種屋さんがいなければ作付けできないのである。

当たり前だが、植物は種から育つ。水稲の種籾はもちろん、キュウリでも茄子でも玉ねぎでも大根でもジャガイモでも、自家で採種して翌年の作付けに使っているのは、プロの農家さんでもほとんどいないのだそうだ。みんな毎年JAから仕入れるという。当然、素人の野菜作りも産直やホームセンターで毎年種や苗を買ってきて初めて可能になる。その種や苗が供給されなくなったら、いくら土地があっても何も作れない。

その点、果樹なら樹を育ててしまえばあとは毎年黙っていても収穫できる…と思いきや、例のサクランボの王様「佐藤錦」などは自家受粉せず、人間が別種のサクランボの花粉を授粉させてやらなければならない。そしてその花粉も、やはり毎年購入する必要があるのだ。

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いま読んでいる本によると、地球史上では何度も生物種の大量絶滅がおきているという。2億4500万年前の「ぺルム紀紀末大量絶滅」では、海洋生物種の95%、陸上種は75%が死に絶えた。有名な恐竜の絶滅は6500万年前、このときは陸生生物種の90%が死滅した。ちなみに、どちらもゴキブリは生き残ったというからすごい。

これらの絶滅は、小惑星の衝突とか地軸の傾きの変化とかによる気候変動が原因だったが、そのたびに生き残った種が新しい環境に適応して劇的な進化をとげたんだそうだ。とはいえ、いずれ太陽の寿命が尽きれば地球の寿命も尽きる。その随分前に、こんどこそゴキブリや細菌類も含む全生物が死滅するのだろうが、中でも我々ホモ・サピエンスはかなり早期にいなくなるんだろう。おそらくは自分の手で自分の首を絞める形で。

まあ、人類の最期よりも私の寿命のほうが早く来てくれるんじゃないか、という希望的観測のもと、時間稼ぎの家庭菜園にむけて、そろそろまた土地の物色を始めますかなー。

(丼の写真は、古殿町の中華料理店で出会った大豆ミートの照り焼き丼。胡椒がきいてなかなか美味。食糧危機が来たら、まずは肉がなくなるんだろうなー)


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商売道具公開&陰ヨガのススメ

パソコンに向かう時間が長いと、座っている姿勢がじわじわと身体に影響を及ぼす。

と思い、椅子の上にStyleという、いわば姿勢矯正グッズを置いて使っている。それも、Premiumといういちばんいいやつだ。サラリーマンを辞める前の最後のボーナスで、自分にご褒美で買ったものだ。これはさすがに座り心地がよい。猫背にならず、脚も組まず、腰椎から胸椎くらいまでは背骨が正しいところにある感じがする。

DSC_1547.JPGところがパソコンがノートタイプのため、どうしても視線が下向きになって、せっかく正しい位置にある背骨の上に、重たい頭がまっすぐ載っからない。4月からは書き仕事が増え、さすがの私も首や肩のコリを自覚するようになった。せっかく椅子を奮発したのにこれじゃ効果半減である。パソコンどうすべか、というのが喫緊の課題になってきた。

この際、相棒歴7年目になるダイナブックに退役してもらい、本格お仕事モードのデスクトップ+大型モニターへと新調する選択肢もなくはない。が、物書きメインの個人事業主として食べていく度胸と自信がまだイマイチのため、この段階での万円単位の設備投資は避けて、とりあえずモニターを目の高さに近づける応急措置で済ますことにした。

そこでこのたび、近所のパソコンショップで入手した無線キーボードとマウスのセットは、通常価格4200円のところ展示品(多少キズ・汚れあり)のため3000円。パソコン台は「お値段以上」のお店で売っていた壁かけラック600円で代用。まあまあの買い物でありましょう。さっそくダイナブックをラックに載せ、おニューのキーボードでこれを書いているが、首が前に倒れずなかなかいい感じである。

DSC_1551.JPGちなみに、長時間の姿勢がじわじわと身体に影響、というのは、ひと月ほど前に久々に引っ張り出したPaul GrilleyのYin Yoga(陰ヨガ)のDVDで改めて認識させられたことだ。陰ヨガというのは、ひとつのポーズを3分とか5分とか長時間ホールドするのが特徴で、筋肉ではなく靭帯などの結合組織に働きかけるヨガである。

そのDVDを買ったのはたぶん7~8年前だった。このPaulという人の解説がとてもわかりやすく、なるほどと思ったのだが、当時はまだガンガン動いて汗をかくタイプのヨガ(陰に対して陽ヨガともいう)が好きだったので、なるほどとは思ったものの宅練で実践することはほとんどなかった。本来は陰陽を両方バランスよくやるのが理想なわけだが、そうすると1時間あっても足りないから、サラリーマン時代は家で両方やる時間がとれなかったという事情もある(1時間早起きすればよかったのだがねー)。

19095844_1184392755040506_1894803603_oその陰ヨガ、先月ふとこのDVDを思い出してから、ハマっている。筋肉を鍛えてシェイプアップするのもいいが、骨や結合組織を鍛えて可動域を保つことのほうがもっと大事だと、この歳になって身体がわかってきた、って感じだろうか。骨・結合組織への刺激は良くも悪くも、長時間かけてジワジワと効果が出てくる。だからふだんの姿勢が大事。プラス、筋肉だけでなく骨や関節も努めて刺激してやらないといけないわけだ。

ということで、午前中に外出の用事がない日は、陰陽あわせて好きなだけ身体を動かしていられる我が身の幸運に感謝してる次第である。でもあんまり用事がなさすぎても困るので、週に3~4日がいいところかなと (^^;)

(最後の写真は、久しぶりに外ヨガのイベントに参加したら主催者が後で送ってくれたもの。自分がヨガマットの上にいる写真は極めて貴重なので本邦初公開w)

凡庸なる者のつぶやき

福島市内に、あづま総合運動公園というところがある。広大な敷地に野球場やサッカースタジアムをはじめいくつものスポーツ施設が、かなりのゆとりをもって配置されている。緑の芝生の丘が連なる広場やバラ園、木立の中を散策できる遊歩道なんかもあり、ピクニックにはちょうどいい。

都内でも、代々木公園や新宿御苑など、それなりに木が多くて清々しい場所はあるが、福島の何が違うといったら山が間近に見えることだ。しかも週末でも混んでいない。よさげなベンチがいくらでも空席である。

DSC_1445こんなにすてきな場所がうちから車で15分なのだから、もっと頻繁に来ればいいと思うのだが、いつでも行けると思うと存外行かないものだ。

フリーになってからというもの、土日といっても何かしらやるべき仕事がある(有難いことに)。さらに今月からは週に二晩、英語の先生のアルバイトも始めたので、多少はその準備もしないといけない。

でも先週の日曜日は久しぶりに「やるべきことが何もない」日だったので、少々曇りがちではあったが、レジャーシートを引っ張り出し、サンドイッチを作り、コーヒーをポットに入れ、久しぶりにその公園へと向かったのであった。

暑くもなく寒くもなく、心配したほど風も強くなく、イメージ通りの快適ピクニック。この公園からだと吾妻小富士がけっこう近くに見える。よさげな場所にシートを敷き、とりあえず飲み食いしながらぼーっとしていると、一人でゲートボールを練習しているらしいおじいさんが、ボールを打ちながら傍らを通り過ぎる。あちらでは若いカップルがキャッチボールをしているが、女性の方が毎回球を取り逃がすので、途中からゴロになった。

犬連れも歩いている。前回、「この辺では柴犬が多くて洋犬は見かけない」と書いたが、この日見かけた数頭のうち、柴は1頭だけで残りはみんなカタカナ犬であった。シュナウザーとかコーギーとか。やっぱり、ちゃんといるんだねw みんな飼い主と楽しそうに遊んでいる。あぁ平和だ。(でも熊出るらしいから気をつけようね)

DSC_1464サンドイッチを消化したあとは、スマホいじりではなく読書タイム。この日は、図書館で借りた単行本を持ってきた。

いつも行く県立図書館にはふくしま未来研究会という財団からの寄付本コーナーがあって、比較的新刊の本が置いてある。そのセレクションの基準は、おそらく「福島」「移住」「健康」「地域おこし」みたいな感じだと思うが、ドキュメントあり翻訳小説ありレシピ本あり指南書系あり、かなりバラエティに富んでいる。

いつも小説や随筆はほとんど読まないのだけれども、その時はたまたま目についた「漂うままに島に着き」(内澤旬子・著)というエッセイを借りてきていた。著者が東京から小豆島に移住した顛末が、詳細かつ面白おかしく書かれている。内澤さんという人は年の頃は私とほとんど変わらない。しかもシングル仲間。しかも東京からの移住組。しかもヨガのプラクティショナーというので、すっかり親近感がわいた。

単身女性の地方移住は昨今大して珍しくなくても、中年女性となるとがくんと数が減るだろうと思っていたが、内澤さんによるとどうもそうでもないらしい。なんとなく心強い。

その数日前にも、本屋で星野源の「いのちの車窓から」というエッセイ最新刊を買って読んでいた。私はテレビをあまり見ないし、見てももっぱらNHKなので、芸能人やアーティストはNHKに出る人しか知らない。だから私は長らく、星野源という人を「LIFE 人生に捧げるコント」に出てくるコメディアンだと思っていた。でも、実は音楽家でもあり文筆家でもある、ものすごく多彩な著名人なのだということを、さすがの私もどこかで知るに至り、本屋で見かけて初めて衝動買いしたのである。

お二人ともプロなので文章のうまさは当然として、身の回りの出来事や「心の機微」(「いのちの車窓」帯より)を綴ったのがこれだけ興味深いというのは、やはりその人生の濃さというか、経験の幅と深さが表れるからなんだろう。

逆に言えば、エッセイストというのは自分の人生や生活を切り売りするものなのだな、と改めて気づかされた。私とて、こんな「日記」と銘打ったブログを書いてるということは、生活を晒しているのと同じなのだけど、こちらは素人である。基本的には知友人の輪+アルファくらいのリーチしか想定していない。

…いや告白するとね、「いつの日か夢の印税収入」を妄想しないこともないんだけど(笑) でも不特定多数の人の目に触れる前提で固有名詞を使ったエピソードを書くなど、うーむ、私には無理だ。

それ以前に、私の人生はあまりに起伏に乏しい。子どもも産んでないし、せめてバツイチくらいなってみてもよかったがそれも叶わなそうだし。「移住」といっても離島の一軒家で農業始めます、とかではなく、駅前のマンション住まいでサラリーマン(こないだまでは)。客観的に見れば品川から大井町へ引っ越したのと大して変わらないし。個人事業主にはなったが、会社を興そうなどという度胸も才覚もないし。そしてこれは幸いなことだけれど、これまで大病とか事故とか最愛の人の死とか、人生観をガラッと変えるような出来事も何ひとつなかった。こんな私の生活エピソードを、友人ならともかくアカの他人に聞かせても全然面白くないはずだ。ましてや私の「心の機微」など、だれも知ったこっちゃないわね(笑)

いたって凡庸な者のいたって普通の人生。 でも世の中ってそういう普通な人の方が多いじゃん?凡庸だっていいじゃん?

と独りごちて顔を上げると、あづま運動公園の上空は曇って少し肌寒くなってきた。さて、日帰り温泉でも寄って帰るか。

ということで、わが福島移住日記はこの先も淡々と続くのであります。

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50歳からの「正しさ」探し(2)柴犬の話

フリーランスになって、ほぼ好きな時間に散歩できるようになった。

家から数分の荒川土手がいつものコース。このところ暑くなってきたので、昼間でなく朝のうちに歩くようにしている。といっても私の「朝」はせいぜい8時台で、今の時期もう十分陽は高いのだが、それでもその時間だと犬を連れている人と時々すれ違う。

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昨日の朝は2人(2匹)と出会った。どちらも柴犬だった。午後も時間があったので、図書館まで歩いて行った。30分後に出てきたら、目の前のベンチに座っているおじさんの横に、やっぱり巻尾の柴犬がいた。

今日も、車の定期点検を待つ間に散歩していたら、立派なバラに誘われてつい覗いたお宅の庭に、「太郎邸」と書かれたこれまた立派な犬小屋があり、その中のワンコもやっぱり柴犬であった。

その4例をもって、福島の飼い犬は柴犬が多い、と断言するつもりはないが、そういえば、と思い返すと、この辺で出会う犬にカタカナの洋犬は少ない気がする。ミニチュアダックスとかトイプードルとかゴールデンレトリバーとかビーグルとか。そういう類にはこちらに来て3年、道ですれ違った記憶はない。(もちろんいるところにはいるんでしょうけど)

私の実家には常に犬がいた。生まれたときにいたのはボンという黒い雑種。よく覚えていないが、彼はたぶん私が小学校に上がってすぐくらいに死んでしまったと思う。

その後に来たのが柴犬だった。親がペットショップで買ってきた。今ならそんなことはせず、保健所なり保護犬の里親探し会などに行くと思うが、昭和の川崎の一般家庭にそこまでの「意識の高さ」はなかった。三河柴犬という種類で、秀吉の幼名にあやかり「竹千代」と命名された。でも犬を呼ぶのに4音節は長すぎ、ほどなく「タケ」になった。

タケは日本犬らしく独立心が旺盛で、門扉を開けるといつでも逃げ出そうとした。実際逃げ出して父が保健所へ探しにいったことも、一度や二度ではなかったと記憶する。知らない人にはよく吠えて、番犬としては立派だった。飼い主にもあまり媚びへつらった態度はとらない犬だった。たしか16年くらい生きて、最後はヨボヨボになって立てなくなった。当時は「犬の介護」という概念は一般的でなかったので、室外犬だったタケはただ軒下に横たわり、蚊に刺されまくりながら、苦しいよ、喉が渇いたよと鳴いた。昼ならスポイトで水を口に運んでやったが、夜はどうしようもなかった。ある日、仕事から帰ったら死んでいた。まだ体は温かかった。

この話をすると、いまでも涙が出る。犬好きの人なら一緒に泣いてくれるだろう。

でも犬や猫の死は悲しくて、ゴキブリやハエの死は一向に悲しくないのはなぜか。理由もなく猫を殺したら動物愛護法違反になるのに、ゴキブリを殺してもなんの罪に問われないのはなぜか。食べ物になる動物は殺してもいいのに、人間を殺してはいけないのはなぜか。

新しい問いではない。でも、小さな子どもにそう聞かれたら、果たして自分はなんと答えるのだろう。

そんなことも、自分の「正しさ」の由来を考えるきっかけなのかなと。


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