極小市民的贅沢

福島市に暮らし始めて2年以上になるが、ここに住んで良かったなぁと思うことが今でもたびたびある。それは「温泉のある生活」だ。思い立ったらパッと風呂道具を持って車に乗り、日帰り温泉へ。極上の源泉掛け流しでひとっ風呂浴び、帰りにちょこっとお茶したり買い物したりしたとしても、全部で3時間あれば足りる。

定番のコースはいくつかあるのだが、最近はまた別のを見つけた。「あづま温泉」という日帰り施設だ。うちから土湯方面へ15分ほど走ると、たまに気晴らしにいく「四季の里」という広い公園があって、その近くに看板が出ているから認知はしていたが、なかなか行く機会がなかった。

看板どおりに国道から曲がり、坂を登っていくとだんだん道が細くなる。あれ、ホントにこれでいいのかな?と思い始めるころ、最後の看板が見えて到着。広い駐車場からは福島市街が一望できる。

この眺めがそのまま露天風呂ビューで、予想以上の気持ちよさだった。源泉は70度という高温らしいが、湯船のお湯はちょうど良く調温されている。飯坂の公衆浴場みたいにアツアツすぎても長湯はできないから、適度な加水は有難い。

この日は昼過ぎまでいちおうPCに向かって仕事していたものの、あまりに天気がいいので外に出たくなり、とはいえ夜は出かける約束があって遠出はできない。じゃ行ったことないあの温泉に行ってみよか、となった次第。平日の中途半端な時間だったせいか空いていて、途中から露天も内湯も独り占めだった。

なんか、贅沢。ま、入湯料350円だから娯楽として特に贅沢なわけじゃないけど、私はこれで十分贅沢だと思える。露天から見下ろす福島市内は、実り始めた田んぼの黄色が印象的だったが、夜景は夜景で(まあ函館や六甲山とは違うだろうが)それなりにきれいだろう。空を仰ぐと、15時を回った太陽はもううっすらと夕方の気配を醸し出している。この時期の陽はつるべ落としとはよく言ったものだな。あーチョー気持ちいー

などと身も心もダラダラに緩まりつつ、一方で平日昼間からこんな贅沢してなんかバチが当たるんでは?と一種「ヤマシイ感」が抑えられないのも、まだ残るサラリーマンの習性ゆえかw

と、ここまで書いて「小市民的贅沢」というタイトルを思いついたのだが、小市民=プチブル、中産階級だとすれば、いまの自分は果たして中産階級なのかと自問する。年収は確実に低所得層の仲間入りをしているので、すでに小市民とも言えないのかもしれない。極小市民かな(笑)

でも、こんな気軽に極上温泉に浸かりに行けるなら、べつに極小でも私にとってまったく不都合はないのである。とにかく健康ならばなんでも良し。Life is good in Fukushima ! ^^/

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もうすぐ昼夜の長さが同じになる頃

多少涼しくなってきたので、朝のゴミ出しついでの散歩を再開した。コースはいつもの荒川土手である。ゴミを出すのは週に2 、3日なのだが、その間にも土手の景色はどんどん変わっていく。

昨日は、生い茂った草の間に真っ赤な彼岸花を見つけて驚いた。もうそんな季節か。いや、まだちょっと彼岸には早いぞ。その向こうには、いつの間にか萩の花も咲いている。

私が名前を知っている植物はそのぐらいだが、他にも前回は見かけなかった白いのや黄色いのが、其処此処で小さな花びらを広げていた。雑草と一括りにされるぐらいだから、みんな姿形は控えめだが、これが自然というものだろう。花屋で売っているような大きく立派な花は、人間がいじくり回した結果なのだ。

だいたい日本人が大好きな「里山の風景」だって、手付かずという意味の自然とは程遠い。青々とした田んぼなどは「人工的」風景の最たるものだ。あれを「自然」のままにしておいたら、あっという間にこの荒川土手のような草ボーボーになってしまう。

めぐる季節とともに、生えてくる草、枯れていく草。咲き誇る花、萎れていく花。みな時期というものを心得て、それぞれの短い生を淡々と全うしている。

そうありたいもんだね。なんて思うのは、だいぶ歳とった証拠である。

(今回の写真は撮り下ろしではなくフリー素材を借用)