「賊軍」の地より

今年は明治維新150年。だけど、これを福島県で言うと戊辰戦争150年となる。

自慢する話では全くないが、この歳になるまで日本の歴史なんてとんと興味がなかった。中学校の勉強はまったく記憶がないし、高校では日本史と世界史は選択制で、私は世界史を選択した。自国の歴史を知らずして世界史もないだろうと今にして思うが、仕方ない。そして最近は、むしろ世界というより人類の歴史、いや地球の歴史、宇宙の歴史のほうに関心があって、読む本もそういう類のものばかりだった。

bosinsensoでも今年はせっかく大河ドラマを毎週見てるし、せめて近代日本が生まれた頃の話をちゃんと知ろうではないかと思い、本を読み始めたのがふた月ほど前。県立図書館に行くと、ちゃんと戊辰戦争150年コーナーができている。もちろん、黒船が来てから明治維新までの大筋はぼんやりと分かってはいたが、何冊か借りて読んでいくうち、おそらく学校の歴史の教科書では触れていないであろうディープなエピソード類にも遭遇。東北、福島県、とりわけ会津の人たちが東京というか「国」(明治新政府のつづき)に対して一種微妙な感情を持っているとすれば(本人たちの自覚があるかどうかは別として)、なるほどこういうことに端を発していたのかと、今更ながら理解した次第である。

戦後、首都圏向けの電力供給地として、水力、火力はもちろん、かの原発も建設され、絶対起きないと言われていた事故が起き、その後の顛末はご存知の通りだが、それをも戊辰から続く被虐の文脈で捉える人がいたとして不思議はないと思える。

そんな150年間の恨み辛みも、それこそ宇宙138億年の歴史から見れば大した話ではないのだけど、人は「我が一生」もしくはせいぜい「我がファミリーヒストリー」というミクロな視点からは逃れられない。

そういえば、私自身、薩摩と土佐は訪れたことがあるが長州はまだ未踏の地だ。日本もなかなか広いから、その地の歴史に育まれ、人々の暮らしの根底を成す通奏低音のような文化や価値観は、いくらネットの時代でも実はそこまで全国均一化されてないんじゃないかと思う。勝って官軍となった地に暮らしてみれば、また違う明治維新、違う日本が見えてくるのかもね。どちらが正しいとかではなく。暮らすのは無理でも、出雲大社詣りとあわせて近いうちにぜひ訪れてみたいと思っている。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中