電車という学び場

ゴールデンウィークは例年どおり川崎の実家で過ごした。首都圏ではどうしても電車の移動が主になる。福島でもたまにローカルの東北本線に乗るが、なんだか同じ乗り物とは思えないくらい車内の趣きが違うので、久しぶりに山手線や京浜東北線に乗ると発見がある。

まず、席に座って前に人が立つという事態が新鮮だ。そこで、相手のお腹から下のあたりを眺めることになるわけだが、顔を見なくても年齢ってわかるものなのだと改めて気づく。どこでわかるかといえば、下腹と足元だ(女性の場合)。着ているものや靴のデザインは関係ない。全体には痩せ型であっても、なぜかそこだけポッコリと突き出た下腹。そして足の甲に浮き出た血管。自分はやはり、なるべく下腹が目立たない服を着て、足の甲が見えない靴を履こうと思った。

もうひとつ、東京の電車内の広告量はローカル東北本線の比ではない。最近はみなスマホに夢中だから、広告も減ったかと思うとそうでもないらしい。ドア横にはよく書籍広告が出ているが、今回たまたま目に入った「ベストセラー」の宣伝には目を疑ってしまった。「大人の語彙力ノート」というタイトルなのだが、内容の一部の紹介として、その「大人の語彙」へ言い換え例らしいのが以下のように並べてあった。

大丈夫です →  問題ございません
手伝ってください → お力をお貸しください
ぶっちゃけて言うと → 有り体に言うと
忘れていました → 失念しました
つまらないものですが → ご笑納ください

・・・・・・??? これはわざわざ本を買って学ぶようなことなのか?ふつうに読書をし、ふつうに仕事をしていれば、ふつうに身に着くレベルの語彙なのではないのか?もちろん、他にもっと高度な?「大人の語彙」が収録されているのかもしれないが、それにしてもこんなサンプルがアイキャッチだなんて。いくら最近の若者のボキャ貧ぶりは酷いといってもねぇ… ? 思わず周りの乗客に同意を求めそうになったが、残念ながら誰も気に留めている様子はない。このブログで私の驚愕をシェアすべく、広告をガン見しながら内容をメモしていた私は、逆に周りにどう見えたろうか(笑)

むろん、私のボキャブラリもたかが知れているのを棚に上げて言えば、読み物として世に出ているはずの文章であっても質はまったくピンキリだ。特にネット上では、個人ブログとは一線を画すはずのウェブメディアにも思わず首をかしげるようなレベルの文章を見かける。ビジネスメールも同じだ。

語彙力、文章力は、良い文章をたくさん読む以外に身に着けようがあるだろうか。「ご笑納」など言葉尻ばかり「大人」になっても、中身が伴わなければかえって失笑をかうだろうと思うが、その可笑しささえわからない人ばかりになったら……

などと、山手線の車内でしがないフリーライターのおばさんは一人案ずるのであった。

(写真:まだまだビル建設が続き外国人だらけの渋谷の街と、そこで久々に食べたナタラジの野菜ビリヤニ)


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花摘みの季節

先週から桃の摘花のアルバイトが始まった。今年の桜は去年より2週間早かったが、桃も同じくらい早いペースで咲いている。来週はサクランボの授粉だろう。

同じ農業でも米や野菜と違い、果樹は足元が泥だらけにはならないので長靴をはかなくてよい。基本的にはかがむ姿勢もなく、むしろ背伸びをしたり脚立にのる作業だから、比較的身体は楽だと思うのだが、それでも最初の2~3日は腰が痛くなって我ながら驚いた。大きな木だと1本の花を摘み終えるのに数時間かかるが、その間の脚立の乗り降りでバランスをとるのに、下腹部に力が入らない、すなわち骨盤底の筋肉が衰えているから腰に来るのだ。ヨガ風にいうとバンダが全く使えてない状態(笑)。身体というのは使わないとどんどん退化するのが恐ろしい。

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そのバイトから帰ってきて、昨日も今日もすぐお風呂に入った。昨日は冷たい雨で身体が冷えたから。そして今日は暑くて汗をかいたから。なんだって最高気温が10度以上違う。もともと福島は東京などと比べて昼夜の寒暖差が大きく、それで果物はきれいに色づいたり甘くなったりするんだそうだが、こう変化が激しいと人間がついていくのはなかなか大変である。

たまに図書館で、東洋経済とかダイヤモンドとかのいわゆるビジネス誌をざっとまとめ読みするのだが、そういう本に出てくる経済専門家の人たちは、少子高齢化が進む日本経済の今後の鍵を握るのはイノベーションだという。イノベーション=テクノロジーというわけではないが、やはりAIとかロボットを含めた技術革新に期待する部分は大きいと思われる。先日読んだ号でも、物流や小売、医療や介護などの現場で進む自動化・省力化の例が紹介されていた。

そこで、どうしても思ってしまう。桃の花の向きを見て、枝の太さや枝の込み具合を見て、その枝にいくつの花を残すかを決め、花芽の脇から出ている葉を傷つけないようにして花を摘んでいく。この作業を、AI搭載の摘花ロボットが学習して完璧にこなせる日がくるのだろうか……


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農業とともに人類の不幸は始まりき(その2)

急に冷えてきた。昨日は東京もずいぶん寒かったようだが、福島も11月下旬なみの気温だった。露地ものの夏野菜はそろそろおしまいだ。

8月からアルバイトしているキュウリ農家は露地オンリーなので、今年の出荷は今週でおしまい。昔ならキュウリなんてもっと早く枯れているのだろうが、肥料などが発達した現代では、夏秋キュウリという種類ならこの時期までなんとか実をならせることができる。でも畑に行くと、もうキュウリは最後の力を振り絞っているのがわかるのだ。思わず、よくがんばったね、などと声をかけてしまう。

この間に体験した作業としては、収穫、箱詰めはもちろん、蔓留め、芯止め、葉っぱ切り。そして、枯れて収穫が終了した春キュウリの畑の後片付けだ。「後片付け」と一言でいうが、まずは枯れた蔓をネットからはがし、ワイヤーを巻取り、ネットを巻取り、支柱を抜いて1か所に集め、土に敷いてあるマルチというビニールシートをはがして巻取り、枯れた蔓を集めて燃やし… と工程はいくつもある。

農村ツアーのおまけの「野菜収穫体験」もいいが、その前後にどういう作業があるのかを知るのは本当にいい勉強になった。

DSC_2212そのバイト先はキュウリ農家だからといって他のものを何も作っていない訳ではない。実は10月初旬は稲刈りという一大イベントも経験することができた。こちらも、セレモニー的な「稲刈り体験」はやったことがあったが、その稲刈りをするための準備、刈ったあとに出荷するまでのプロセス等々、私にとってはすべて初めての学びである。

野菜や果物は、基本的にはとったものをそのまま食べられるわけで、選別して箱に入れれば出荷できる。が、穀物の場合、食べられる状態にするまでが大変だ。脱穀、乾燥、籾摺り、という言葉は知っていたが、そのすべてにおいてこれほど機材・機械をたくさん使うとは!コンバイン、グレインキャリー(収穫したコメを運ぶ、でっかい袋状の入れ物)、乾燥機、籾摺り機、選別・計量機。かなりの設備投資だが、いずれも他の用途には使えない専用の機材で、年にせいぜい1週間程度、この収穫の時期しか使わない。複数の農家で共有すればいいのに(流行りのシェアってやつですか)、などとつい思ってしまうけれど、それがそうもいかないのは、時期がみな重なるからだ。

これらの機材は、セットアップもかなり重労働だし、使用の前後にはすみずみまで洗浄しなければならない。機械のおかげで、人力よりも確実に作業は速く楽になったが、かわりにそのメンテナンスという仕事が増えたわけだ。メンテナンスにはエア洗浄ガンなどの機材が必要で、それを動かすコンプレッサーもメンテナンスが必要で…… となると、農家の高齢化対策のひとつとして「機械化」が挙げられるが、実際どうなのだろうと思ってしまう。もちろんコメに限った話ではないが。

もちろん、今後もおそらく永遠に機械にはできないであろう仕事もたくさんある。前述の、キュウリの収穫や蔓止めなどの作業もそうだし、今回のバイトでは他にネギ畑の除草や高菜の間引き、白菜の定植などもやったが、これらも基本は人の目と手先が必要だ。ちなみに、こうした足元の作業はまことに腰にこたえる。ミレーの「落穂ひろい」のあの姿勢。「腰が曲がる」という現象の仕組みがわかったような気がする。

落穂ひろい

そんなこんな含めて、この農家バイトは私にとって大いに興味深い経験。これこそ、福島に移住しなければできなかったことだ。また、本業で農家さんの取材をすることがときどきあるが、たった数ヶ月でもこの農業体験はかなり役に立っている。

ということで、こちらのバイト先には、キュウリ畑の片付けとネギの出荷が終わるまで、頻度を減らしつつもうしばらくお世話になることになった。晴れて年季が明けたら、腰は伸びるかもしれないが、せっかく減った体重がリバウンドしないか、それだけが懸念点である。

農業とともに人類の不幸ははじまりき


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農業とともに人類の不幸は始まりき

今月初めから、キュウリ農家さんでバイトを始めた。これまでにも自家消費用のキュウリ畑で収穫体験させてもらったことはあるが、ここは専業なので規模が違う。数十メートルのキュウリのトンネルが何本も並び、さらにそういう畑が何か所にもあるのだ。1日の出荷量は500キロを超えるときもある。

DSC_1933本業がパソコン仕事なので身体を動かす副業をしたかったのと、農業というものへの興味(ビジネスとしてではなく食べ物をつくる過程への興味)から、チラシに載っていた季節限定バイトに応募した次第だが、「身体を動かす」といってもジムでマシンをやるのとは訳が違う。予想以上の重労働である。

いまのところ、選別と箱詰め、集荷場への出荷(荷の上げ下ろし)、天気がよければキュウリ畑で芯止め、蔓止めという作業が主な仕事だ。ずっとかがんでやる仕事とずっと背伸びをしてやる仕事があって、バランスがとれて良いんだか一か所に負荷がかかりすぎて良くないんだか、よくわからない。

身体が慣れていないせいもあって、最初の2、3日は腰も膝も首も悲鳴をあげ、とんでもない仕事に応募してしまったと一瞬後悔した。パートの女性たちの中では、おそらく私がいちばん若造だと思われるが、みな「暑いね~」とか言いながら何でもない顔をしてやっている。しかも毎朝自分の畑をやった後に、この農園でバイトをしているという人もいるからすごい。

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初夏にサクランボ果樹園の手伝いをしたときもそうだったが、キュウリみたいな身近な野菜でも、その生産現場を体験すると、はぁこういうことになっているのか、と学びの連続である。たとえベランダ菜園でもキュウリを育てたことのある人なら、下葉をとったり蔓をネットに固定したり、芯を止めたりという作業は多少はお馴染みなのだろうが、私にはその経験もない。こんなに手間をかけないと売り物のキュウリはできないのか… この作業はどんなにロボットやAIが進化しても絶対リプレイスできないだろうな… などと、54メートルのキュウリトンネルの中で感慨にふける。

露地もののキュウリはいまが全盛だ。一日数センチ伸びるというキュウリは、朝晩に収穫をしないと大きくなりすぎてしまう。お盆だからと成長を休んでくれる訳もなし。したがって、キュウリ農家さんは休みがないのだ。出荷の時期は週7日、基本的に早朝から夕方まで働きどおしなのである。そのせいかどうか、この農園が属しているキュウリ専業の出荷組合も、徐々に組合員が減ってきているのだという。

こうして私が腰や首に湿布薬を塗りながら出荷したキュウリは、東京の大田市場に送られ、主に首都圏のみなさんの食卓に上る(はず)。

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いまから約1万年前に農業というものが始まってから、ヒトの不幸は始まった――。それは、ベストセラーになった「サピエンス全史」を読んで目から鱗の学びだった。その感想を興奮気味に話したら、相手の人が「BIG HISTORY~宇宙開闢から380億年の『人間』史」という立派な本を贈呈してくれたのだが、それを読んでますます「狩猟採集から農耕への転換=人類の不幸の始まり」を確信した。

曰く(農業が出現した最初期の状況について)、「考古学はまた、狩猟採集民にとって必ずしも農業のほうが魅力ある生活様式とは映っていなかった点も示している。(中略)そもそもみなが農耕民になることを望んでいたわけではなかったようである。これはおそらく農業という生活様式が、狩猟採集よりも肉体的に相当にきつく、健康に良くなく、精神的に疲れることも多かったせいだろう」

農耕民として人々が完全に定住し(それ以前でも一部定住していたらしいが)、人口が増え、水利や土地をめぐって権力というものが生まれ、コミュニティが複雑化した。支配層が生まれ、都市が生まれ、そこには自分の食べ物を自分では作らない職業の人々が集まっていた。

「都市(ウルク、長安、・・・ローマなど)が威光と権力の中心だったとすれば、その資源のほとんどを供給するのが町や村だった。小作農は、ときには大地主のもとで農場労働者として働きながら、町や都市で消費される大量の農産物を生産した。あらゆる農耕文明で、大多数の一般市民から支配層へと富が流れていく様子が観察できる」

日本でも「重い年貢に苦しむ農民の姿」は時代劇などでお馴染みだけれども、驚くことに早くも紀元前2千年紀末のエジプト新王国時代の「書記のための練習帳」には、すでに「これだから小作農に身を落としてはならない」と書いてあるんだそうだ。

もちろん、現代日本の農業は農地所有が基本だし、「都市への農作物の供給」も徴税ではなく商取引という形で行われている。それでも、こういう史実を知ると、今の世の「農業離れ」もむべなるかなと思ってしまう。

でも、いまさらみんなして狩猟採集には戻れないのであるから、だれかがこの爆発的に増えた人口を、その大部分を占める都市住民を、食べさせなければならない。都市住民はせめて、自分の口に入れるものを誰がどうやって作っているのか、一度見て知っておくべきだと心から思う。

と、3年半前に福島に来るまでほとんど土を触ったこともない私が言うのもおこがましいが、単純に土にまみれるのも楽しいものである。「エクササイズ」にはならないが「運動」には違いない。地方暮らしならではのこの農家バイトが終わるころには、私も長靴・頬かむり・腕カバー姿が堂に入っているかしらん。


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飲んべえがフリーになると

4月からフリーランスになって、丸3ヶ月が経った。

文章を書く仕事は現在、ありがたいことに複数のクライアントから定期的に頂いている。が、これがこの先ずっと続く保証はない。

DSC_1799いうまでもなく、フリーというのは自ら営業しないと仕事は来ないのだが、まず根っからの怠け者であるうえに、四半世紀に及ぶ宮仕えに慣れた身体がそうやすやすとモードチェンジができるわけもなし。営業に関しては、まだまだコツというかツボというか、そういうものが掴めない。いまどき発達している在宅ライティング仕事の紹介サイトも、試しにひとつ覗いてみたのだが、「プラチナライター」という最高ランク(のはず)の人が書いたサンプル記事というのを読んで、まったくやる気が失せてしまった。そんなことで、全然新規開拓ができていない。したがって収入も増えない。

それでもここひと月は、サクランボ果樹園の手伝いという楽しいアルバイトがあったのだけれど、それも先週で終わり。

ということで、今週は時間ができたため、昨日思い立って山形方面へドライブしてみた。

なんていうと、すごく遠出したように聞こえるが、東西に幅広い福島県、北は宮城だけでなく山形とも接していて、実は我が福島市からは県境を越えるまで50分もかからない。もっとも山形県も大きいのだが、昨日訪れた置賜郡高畠町は、その県境から30分ほど。目当ての浜田広介記念館まではドアツードアで1時間15分ほどだったから、うちから郡山まで行くのと大して変わらない。

先日、友人SちゃんのSNS投稿でひろすけ童話を思い出し、図書館で「泣いた赤鬼」「椋鳥の夢」を借り出して何十年ぶりかで読んだ。そしたら是非とも記念館に行ってみたくなり、暇にまかせて出かけたのであった。正直いうと、記念館そのものは若干期待外れだったのだが、隣にある日帰り温泉や、田園の中を伸びる遊歩道は(知らなかったので期待値ゼロだったぶん)たいへん良かった。

DSC_1778この辺は「まほろばの里」がキャッチフレーズらしく、観光パンフレットで改めて「まほろば」の意味を知る。なるほど、こういう場所が「まほろば」なんだな。福島市と同じく果物の栽培が盛んな土地で、「山形といえば」のサクランボはもちろん、もうブドウも産直に並んでいた。

お土産に高畠ワイナリーの白ワインと出始めのデラウェアをゲット。今日はちょっとだけ仕事した後、4時には待ちきれずにワイングラスを出してきて、ちびちびやりながらこれを書いている。

いや、ダメだ。営業しなきゃ、営業!w