確定申告だん、そして

東京でサラリーマン大家を始めたのがかれこれ14年前。以来、ナケナシの家賃収入ではあるが毎年欠かさず確定申告というものをしている。そして今年は初めて、納めすぎた税金が戻ってくる!という事態になった。もちろんその額もナケナシなのだが、なんだか得した気分(錯覚)。と同時に、給与というものが(ほとんど)なくなった個人事業主1年目はいかに収入が減ったかと感慨を深くした。無論、まともな営業もしていないのだからそれも想定内なのだけど、節約モードがさらに高まって我が家の経済は縮小均衡が進んでいる。

ベトナム料理とはいえ月々の生活費は節約すると言ってもたかが知れている。移住してから外食費は格段に減ったが、その分車の維持費はかかるし、福島市の水道料金はべらぼうに高いし、マンションの管理費は東京の相場とほとんど変わらない。

なにが減ったかと言うと旅行費である。20代から40代半ばまでは、当然のように年1、2回は海外に出かけていた。それがだんだん長時間飛行機に乗るのが苦痛になってきて、40代後半からはもっぱら国内旅行。それも、一人で知らない場所をブラブラするより、現地に知人を訪ねるほうが楽しみになる。

そして4年前に福島に来てからは、なんだかずっと長い旅に出ているような気分が続いてきた。もともと期間限定のお試し移住のつもりだったからだろう。「旅行する」といっても福島県内のスポットを回るばかりで、飛行機に乗って「遠くへ行きたい」という衝動にはまったく駆られることがなかった。でも、福島=旅先感が薄れるにつれ、最近はときどき「遠くへ行きたい」気分が再び頭をもたげるようになっている。

中国茶五福

先日、用事の帰りに初めて福島空港の中に入ってみたら、1日5便しかない定期便の合間で施設内はどこも閑散としていた。沖縄や九州、台湾やベトナムに向けてときどきチャーター便が飛んでいるらしいが、なんといっても福島空港までが、県庁所在地・福島市の我が家からは遠い。県民として福島空港を利用したい愛郷心はあるが、ぶっちゃけ仙台空港のほうがアクセスいいし便数も多いから、私が何年ぶりかで飛行機に乗るとすれば仙台からだろう。

バンコクやクアラの友人も訪ねたいし、久しぶりに台湾の素食も食べたいし、またバリでヨガもしたいし。ヨーロッパは一時期よく行ったが、スペインやポルトガルは未踏の地だ。ベトナムもグアムもサイパンも実は行ったことないし。インドやトルコも死ぬまでには一度行ってみたいかなぁ。 

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あ、でも我が家は緊縮財政なのだった。海外旅行のスポンサーが見つかるまでは、近くのエスニック料理と外国映画でガマンですw

(写真は上から、ベトナムキッチン「Chaochi」のフォーと、台湾茶の店「五福」の東方美人茶。どちらも福島駅から徒歩圏内。「猫が教えてくれたこと」は猫が主役、イスタンブールが舞台のほっこり映画。)

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甘いもんバンザイ\(^o^)/

昨日は久しぶりにヨガのクラスに行った。といってもレギュラーのクラスではなく、某建築会社さん主催の1日イベントだったのだが、その会場となったモデルハウスがまことに素敵で、やっぱり次は注文住宅だわ~、暖炉に大型犬だわ~と、家探し熱がまた再燃しそうになっている。

あ、違った。次は「土地に定着しない家!」つまりトレーラーハウスにするんだった。熊本地震の後、そう決心してからまだ3年も経っていないというのに、人間の記憶というのはかくも短いものだ。

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それはともかく、福島に来てから4年間、ヨガのクラスというものに参加した回数は片手で数えられるほどしかない。まず、東京のようにそこら中にヨガスタジオがあるわけではない(というかほとんど無い)。人口が少ない分、圧倒的に先生も少ない。スポーツクラブに行けばスタジオプログラムにヨガがあるらしいが、いまは会費を払ってそういうクラブに通うほどの経済的余裕もない。そんなことで、たまに今回のような単発イベントに参加する以外、普段は自宅に敷いたマットの上で適当なポーズをやってお茶を濁している。

かれこれ12年くらい前にヨガの練習を始めてから、基本的に菜食になった。なった最初の理由はご多聞にもれず、動物食をやめると身体が柔らかくなるとか汗が臭わなくなるとか、そういう「ヨガ界の言い伝え」みたいなものに影響されたから。そして「私ってお肉たべないの、うふ」とか言ってイッパシのヨギーニを気取りたかったからである。一方で、肉をやめたら自分の身体がどうなるのか純粋な興味もあった。で、数年やってみたが身体は硬いままだし汗はやっぱり時間が経てば臭うし、長年悩んでいた〇〇が治ったなどということもない。要するに何も変わらなかった(もっとも卵や乳製品は摂ってたし、会食のときは魚OKとかかなりユルベジだったが)。

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しかし同時に、肉も魚も食べなければ食べずに済むということもわかった。お財布にも優しいし台所洗剤も不要になるしで、もっと言えば来るべき食糧危機をちょっとでも遅らせるのに寄与すべく、そのままなんちゃってベジタリアンを続けているうち、四つ足動物の肉は本当に食べられなくなり(たくさん食べるとお腹がこわれてしまう)、魚介類にはもともとキライな食材も多いので、私はただの「好き嫌いが多い人」になりつつある。

私のヨガ修行も菜食主義も、そういうわけでかなりユルユルなのであるが、それに加えて化粧もネイルもヘアカラーもしてないから(そこに哲学はない。ただの手抜き)、かなりストイックな生活してるみたいに勘違いされることがある。で、ときたま「あなたはナチュラルでオーガニック(ってそもそもなんや?笑)だからこういうのは食べないんでしょう?」的なコメントを頂く。それがステーキや焼き肉なら「はい、食べません」でいいのだが、生クリームとバターがたっぷり乗っかったパンケーキなどを前にそれを言われると、私は全身全霊でナチュラルもオーガニックも否定しなければならないのである。

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というわけで今回の写真は、今週末に食べた「甘いもの」シリーズでした。

1枚目:参加したヨガイベント後のティータイムで提供された、かぼちゃのおしるこ。アーユルヴェーダにも造詣が深い先生のお手製で、やさしい甘さがめちゃうまだった。これぞ正真正銘のナチュラルでオーガニック(^^)

2枚目;福島のスイーツ女子の間ではけっこう有名らしいCandy-doというパンケーキ屋のパンケーキ。この倍くらいの生クリームタワーが載っかってる名物メニューもあって、みなさん写真を撮るのはそちら。でも完食できないと困るのでモデレートな方にしてみた。

3枚目:住宅地にひっそり佇む「窯炊き甘納豆本舗うろこや」の甘納豆。写真映えしない和菓子の中でも特に写真映えしないけど、後をひくおいしさなのね。

農業とともに人類の不幸は始まりき(その3)

このタイトル、しつこいですか?すいません。でも今年の農家バイト体験は、私にとってそれだけインパクトがあったということなんですわ。日記ブログなのでお許しを。

「キュウリの収穫と箱詰め」という求人広告に応募したはずの農家バイトだが、キュウリの時期が終わっても、次は稲刈り、それからネギの収穫と出荷、その合間にキュウリ畑の片付け、と続いている。その話は(その2)に書いたとおりで、業務内容は募集広告からけっこう乖離してきているが、いろんな作物の栽培現場を見ることができて大変いい勉強になっている。

そして今週は、加工用の高菜の収穫・出荷というものを経験した。葉ものは初めてだ。これはあの、ミレーの「落ち穂拾い」の姿勢が永遠に続く、まことに腰にこたえる作業である。週の中盤は中通り地方でも氷点下になり、朝の高菜畑は一面の霜だった。前日に根っこを落としておいた高菜は地面の上で真っ白に凍みている。これをカゴに詰めていくのだが、まあ指先の冷えること。焚火をおこしてもらってなんとかなったが、一時は手がちぎれるかと思った。(写真とってる余裕がなかったので、下の写真はウィキから借用)

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収穫した高菜を入れたカゴは、ひとつ10キロ以上ある。それを2つずつ一輪車に載せ、畝の上を横切って運ぶのも、かなり体幹が鍛えられる作業であった。最終的には400に近いカゴ数になったはずから、畑を何度往復したことか(もちろん一人でやったわけではないが)。この農家バイト、10月末から勤務自体は週4回から2回に減らしてもらい、代わりにせっかく減った体重がリバウンドしつつあったが、この高菜で少しはまたシェイプアップしたかもれない。w

それにしても、夏は炎天下、冬は氷点下の屋外で、文字通り日の出から日没までのこういう身体的な重労働が、エアコンの効いた室内でパソコンをカタカタやっている9時5時の仕事よりも往々にして給料が低いというのは、なんだか腑に落ちない。この農家さんの時給が安いと文句を言っているわけではない。現代社会において、農業というものがそういう地位に甘んじなければならないことに、不条理を感じるのだ。

しかしながら、この不条理が何に発祥するかというと、やはり、1万年前の農業の誕生そのものなんである。食料が狩猟採集でなく「生産」されるようになると、人は定住し、人口が増加し、都市が生まれ、仕事が分化、つまり自分の食べるものを自分で作らなくてもよい階級の人々が誕生した。食料は徴税(年貢)のちには市場取引という形で調達すればよくなったのだ。狩猟採集に比べ、植物の栽培というのが重労働なのは自明である。そんな重労働を「農民」に任せられる都市部の人々は、その時間を他の「専門的」な職能開発に充てることができた。開発には教育投資が必要なので、その職能への対価は投資回収分を含んでどうしても割高になる。

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というのは、「サピエンス全史」に多分に感化された私が勝手に考えた理屈であり、実際には農業にもそれなりの専門性が要求されるのだが(特に現代農業には肥料や農薬、機材の知識は必須)、世間一般には、一度になるべく多くのネギを折らずに引き抜く技術や、空を見て3時間後の天候が予測できる能力よりも、エクセルやパワポを使いこなすスキルのほうに高い値段が付きやすいのは事実だろう。

と考えると、その点「兼業農家」というのは折衷案的に優れた選択肢なんだな。もっとも兼業の度合は様々だが、サラリーマンやりつつ自家消費分だけのコメや野菜を作っている世帯も含めれば(これは農水省統計の「兼業農家」定義には当てはまらないらしいが)、実は兼業農家は大都市圏以外の日本国民のわりとデフォルトな生活形態なんじゃないかと思う。昨今は、都市住民が志向するライフスタイルとして半農半Xというシャレた言い方もするようだが、人間は自然にそういうバランスをとるように設計されてるのかもしれない。

さて、私もいつから半農生活に入れるでしょうかねぇ… まずはベランダ菜園からかしらん。

 

おかえり、荒川へ

前回ブログ書いてから3週間余り。この間にずいぶんと季節が進んでしまった。マンションから見える吾妻連峰にはもう連日のように雪雲がかかり、会津や喜多方では今日あたり雪が積もるのかもしれない。

一昨日、久しぶりに近所の荒川土手を散歩していたら、いつになくカラスをたくさん見かけた。もちろん町中にはカラスもハトもスズメも普通にいるのだが、河川敷で見るといったら大抵カモかシラサギだ。なのに、この日は川の中州にまで黒いのが数羽陣どっているので、近づいてよく見てみると…

DSC_2461は?もしかして鮭か?水の中にはたしかに鮭っぽい大きさの魚が、流れに逆らって泳いでいるのが見える。カラスたちは力尽きたのを狙って中州に引き上げ、ついばんでいたのだ。

福島市街に越してきてから2回目の秋だが、昨年はこの光景を見かけた記憶がない。もう寒いから土手の散歩はしてなかったのかもしれないが、こんなところにも毎年鮭がのぼってくるんだろうか?と思って調べると、ここ十数年、ちゃんと稚魚を放流しているんだそうである。今年帰ってきたのは4年前に放流された子たちなんだな。しかしまあ、よく覚えているものだ。いったいここまで何キロ泳いできたんだろう。

google mapという便利なツールのおかげで、それもすぐわかる。この荒川は私のマンションのすぐ近くで阿武隈川と合流、そのまま北へ流れて宮城県の亘理町で海に注ぐのだが、河口から福島市内まで距離にして80キロはくだらない。まったく、お疲れさまである。(下の写真は阿武隈川。こちらも我が家から徒歩20分ほどで河畔の散歩道に出られる。が、この時期はなんとも寒々しい)

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福島市はそれだけ内陸ではあるが、すでに川幅はそこそこ広い。産卵するにはおそらくもっと山の方まで泳がないといけないと思うが、いったい何匹がたどり着けるんだろうな。カラスの眼下で懸命にちゃぷちゃぷやっているやつへ、もう少しだ、がんばれーと声をかけてみたが聞こえたかどうか。

ちなみに、私が3月まで手伝っていた浪江町の請戸川では、この時期、鮭漁が盛んだったそうだ。こうやってのぼって来た魚を簗(やな)で待ち構え、脇の水路へ追い込んだり、網を回して引き上げる。簗の移置は河口にほど近いので、鮭たちはまだまだ元気。勢いよくあばれる鮭の頭をこん棒で殴って獲るという話を聞いたときは、ずいぶん残酷だなぁと思ったが、どんな漁(猟)でも生きものを殺めるのは同じである。鮭まつりというのがあって、大勢の観光客が訪れる地元の秋の風物詩だったのが、いまは原発事故のせいで休止しているという。復活したら見てみたいものだ。荒川の、カラスによる鮭漁ショーよりは見ごたえあるはずだもんね。w

さて、久々にイクラ丼でも食べたいかな。


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違いのわかる女になりたい

何か月かぶりで体重計に乗ったら、2キロ近く減っていた。

日常のエクササイズの量は確実に減っているし、食生活に大した変化はない。むしろ酒・甘いもの・揚げものの摂取量は増えたと感じるくらいだ。考えられる理由はただひとつ。キュウリ農家のバイトである。

思ったより重労働だという話は前に書いたが、運動しているという感覚はまったくない。だから、同じ時期に始めたパートの女性が「6キロ減った」と言うのを聞いてそんな訳あるまいと思っていたが、実際そんな訳もあるんだな。w

そのキュウリバイトに思いのほか時間を費やすことになったのと、合間に少しは本業もやっているため、このところコンビニのお世話になりっぱなしで料理らしい料理をしていなかった。この週末は仕事がひとつ延期になり時間ができたので、久しぶりにちゃんと台所に立つ。

DSC_2158.JPGといっても私が作るものは基本的に酒のアテ。凝ったものは何ひとつない。

2月に仕込んだ味噌がそろそろ食べごろになってきて、最近は酢味噌とか味噌煮とか、普通はあまり作らない味噌汁とかがマイブームである。そう、味噌汁って案外日本酒と一緒にイケるんだな、これが。しかしどうしても塩分過多になる自覚あり。努めて薄味を心がけてはいるのだが…

上の写真は昨日の夕飯である。白米が写っていないが、これは糖質制限ダイエットではなく、単に研ぎ忘れて炊かなかっただけだ。先日は石巻市のササニシキ農家さんを取材して、昔なつかしいササニシキで焼サンマでも食べたくなった。どちらもいまや希少な食材である。ちょうど株主優待でお米券が届いたので、来月あたりササニシキを探しにいこう。

来月と書いたのは、うちには数ヶ月前に買った「ひとめぼれ」がまだ少し残っているからだ。昔はよく見かけたササニシキだが、甘みも粘りも少ないあっさり系のため、ふっくらもっちり甘いコメが好きな現代人の舌にはイマイチ合わないらしい。栽培も難しいというので、ひとめぼれみたいな新品種が次々に生まれ、ササニシキはいつの間にか全国の店頭から姿を消してしまったんだという。が、おかずと一緒に食べるなら本当はササニシキのほうが適しており、特に鮨のシャリとしては最高、なのだそうだ。うむ、自分で鮨は握らないが、やっぱり次はササニシキを買ってみよう。

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というわけで、今夜は炊きたてのひとめぼれである。これはこれで十分おいしい。

私の両親も首都圏生まれ。代々農業とは縁遠く、付近の農家からとれたて野菜を分けてもらったり、産直で買った新米を食べ比べるなどという「贅沢」ができる家庭ではなかった。味覚の発達は12歳がピークらしいが、その時期私はコメといえばスーパーで買ってくるブレンド米で育ったのだ。

したがって、私の舌がササニシキとひとめぼれの食味の違いを識別できるか、いささかの不安はあるが、人間、学ぶのに遅すぎるということはない(たぶん)。そういえば、この2か月ほど、バイト先からたまに加工用(形がかなり不格好な)キュウリを頂くのだが、なんとなくスーパーで買うのよりシャキシャキして味が違うような気がしている。

ま、自分が体重を減らしてまでお世話に励んだキュウリだと思うから、かもしれないけれど。w


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