甘いもんバンザイ\(^o^)/

昨日は久しぶりにヨガのクラスに行った。といってもレギュラーのクラスではなく、某建築会社さん主催の1日イベントだったのだが、その会場となったモデルハウスがまことに素敵で、やっぱり次は注文住宅だわ~、暖炉に大型犬だわ~と、家探し熱がまた再燃しそうになっている。

あ、違った。次は「土地に定着しない家!」つまりトレーラーハウスにするんだった。熊本地震の後、そう決心してからまだ3年も経っていないというのに、人間の記憶というのはかくも短いものだ。

DSC_2960

それはともかく、福島に来てから4年間、ヨガのクラスというものに参加した回数は片手で数えられるほどしかない。まず、東京のようにそこら中にヨガスタジオがあるわけではない(というかほとんど無い)。人口が少ない分、圧倒的に先生も少ない。スポーツクラブに行けばスタジオプログラムにヨガがあるらしいが、いまは会費を払ってそういうクラブに通うほどの経済的余裕もない。そんなことで、たまに今回のような単発イベントに参加する以外、普段は自宅に敷いたマットの上で適当なポーズをやってお茶を濁している。

かれこれ12年くらい前にヨガの練習を始めてから、基本的に菜食になった。なった最初の理由はご多聞にもれず、動物食をやめると身体が柔らかくなるとか汗が臭わなくなるとか、そういう「ヨガ界の言い伝え」みたいなものに影響されたから。そして「私ってお肉たべないの、うふ」とか言ってイッパシのヨギーニを気取りたかったからである。一方で、肉をやめたら自分の身体がどうなるのか純粋な興味もあった。で、数年やってみたが身体は硬いままだし汗はやっぱり時間が経てば臭うし、長年悩んでいた〇〇が治ったなどということもない。要するに何も変わらなかった(もっとも卵や乳製品は摂ってたし、会食のときは魚OKとかかなりユルベジだったが)。

DSC_2963

しかし同時に、肉も魚も食べなければ食べずに済むということもわかった。お財布にも優しいし台所洗剤も不要になるしで、もっと言えば来るべき食糧危機をちょっとでも遅らせるのに寄与すべく、そのままなんちゃってベジタリアンを続けているうち、四つ足動物の肉は本当に食べられなくなり(たくさん食べるとお腹がこわれてしまう)、魚介類にはもともとキライな食材も多いので、私はただの「好き嫌いが多い人」になりつつある。

私のヨガ修行も菜食主義も、そういうわけでかなりユルユルなのであるが、それに加えて化粧もネイルもヘアカラーもしてないから(そこに哲学はない。ただの手抜き)、かなりストイックな生活してるみたいに勘違いされることがある。で、ときたま「あなたはナチュラルでオーガニック(ってそもそもなんや?笑)だからこういうのは食べないんでしょう?」的なコメントを頂く。それがステーキや焼き肉なら「はい、食べません」でいいのだが、生クリームとバターがたっぷり乗っかったパンケーキなどを前にそれを言われると、私は全身全霊でナチュラルもオーガニックも否定しなければならないのである。

DSC_2964

というわけで今回の写真は、今週末に食べた「甘いもの」シリーズでした。

1枚目:参加したヨガイベント後のティータイムで提供された、かぼちゃのおしるこ。アーユルヴェーダにも造詣が深い先生のお手製で、やさしい甘さがめちゃうまだった。これぞ正真正銘のナチュラルでオーガニック(^^)

2枚目;福島のスイーツ女子の間ではけっこう有名らしいCandy-doというパンケーキ屋のパンケーキ。この倍くらいの生クリームタワーが載っかってる名物メニューもあって、みなさん写真を撮るのはそちら。でも完食できないと困るのでモデレートな方にしてみた。

3枚目:住宅地にひっそり佇む「窯炊き甘納豆本舗うろこや」の甘納豆。写真映えしない和菓子の中でも特に写真映えしないけど、後をひくおいしさなのね。

広告

ただいまふくしま

こんどは東京駅から新幹線に乗って福島へ向かう。

DSC_2804
実家近くのお宅の金柑

年末年始を1週間ほど川崎の実家で過ごすと心身に異常を来す寸前の状態になっているので、車内で爆睡してリセットする。目が覚めるとちょうど郡山あたりだ。眠い目で窓の外を見ると、右側(東)と左側(西)では空の色が違うのが面白い。彼方が海の西側は青空の面積が比較的多いが、東側の奥羽山脈には雪雲がかかり、白い空の面積が多いのである。ことほど福島の天気はバラエティに富んでいる。

福島駅についたら、三が日に降ったらしい雪の名残がそこここにあったが、道路は乾いていたのでほっとした。同じ中通りでも、たとえば郡山市と比べて福島市内は山に近いため比較的雪が多いのだが、かといって会津ほどの本格的な雪国ではなく、降雪量も除雪も中途半端でいささか気持ち悪い。この時期は何日も雪が降り続かないことを祈るばかりだ。

さて。正月を実家で両親と過ごして心身に異常を来すとは失敬な物言いだとは思うが、いつもの自分の生活ペースと全く違うのだから仕方ない。特に、食べたくない時でも一緒に食べないといけないのは辛い。が、私の母を含め、おそらく世の中の主婦という人々はみな多かれ少なかれそういう食生活を強いられるのだと思えば、主婦になり損ねた私も年に一度くらいは我慢しなきゃ罰があたるだろう。

その両親も、近所に住む甲斐性ある弟と介護サービスのおかげで、なんとか自立した生活ができている。

DSC_2811
今年正月の両親
DSC_0853
昨年正月の両親

昨年と比べてなんとなく余裕が出てきたように見えるのは、気のせいかしらん?(笑)着てるコートが二人とも去年と同じなのはご愛敬。元気で長生き、よろしくお願いしたいものだ。

正月休みは例年通り友人たちとしゃべりまくったが、もっぱら親の介護や病気の話に花が咲くのも例年通り。今年それに加えて盛り上がったのは「陶芸体験でマイ骨壺づくり」である。私の骨は海か山に撒いてほしいので、気の置けない友人2人に、よもや骨壺に入れて墓の下には埋めてくれるな、そんなことしたら化けて出てやる、と念押ししたら、よーし化けて出てくるように骨壺作って入れてやる、という想定外の展開になってしまった。まあ、墓の下でなく飾り棚に置いといてくれるなら、骨の一部くらい小さな壺に入ってもいいか。そんなら3人でおそろいの骨壺つくろうか、ということになり、この春2人には作陶体験がてら福島に遊びに来てもらう予定である。

なんとも楽しみな2018年の始まり始まり!w

リアルでいこう

実家で年越しのため、福島駅から新幹線に乗って東京へ向かう。30分も乗らない間に、窓の外は一面、白くなったり茶色くなったりする。今週、福島市内は雪が10センチ以上積もったが、20キロ南の二本松、そのまた20キロ南の郡山はほとんど降っていない。ところがさらに南下して白河、栃木の那須のあたりにくると、再び畑は白くカチカチに凍っている。その辺りから西へ向かい、南会津に入れば、この時期はもう1メートルを超す積雪だ。

DSC_1822
会津の郷土料理こづゆ。正月などハレの席で食べるそうな。

だから、東京の友人に「福島は雪降ってる?」と聞かれても、まず福島県のどこ?と聞き返さねばならない。移住して4年になる私も、いまだに福島の気候はバラエティに富んでいるなあと感心するが、むしろあれだけ広い範囲で似たような天気になる関東平野のほうが、山ぐに日本の中ではレアケースなのであろう。ここに都を築いた家康はやはり先見の明があったのか。福島暮らしを経験すると、お江戸の冬は晴天が多く、温暖で過ごしやすいと感じる。

4月にサラリーマンをやめたら、職場がらみの宴席というものがほぼ皆無となり、したがってこの年末はクリスマスとか忘年会と名の付く外食の機会は2回しかなかった。あとは今月半ばに我が家でこぢんまりと女子会をやったくらいだ。もともと大人数の宴会は得意ではないが、フリーになった今はこれまで以上に努めて人付き合いを拡大しないと、そのうち引きこもりになりかねない。

そのぶん、年末年始の帰京中は、実家孝行の合間に50年来の友人たちとできる限り会う予定にしている。福島でもこの4年間、おかげさまでいろんな人と知り合い、友人もできたが、やはり数からいえば東京のほうがまだ圧倒的に多い。facebook様のおかげで普段からさほど「離れている」という感覚はないが、リアルで会うと決まって「この前会ったのいつだっけ?えーあれってもう2年前?」みたいな話になる。SNSがない時代に一人で地方に移住してたら、かなり孤立感があったのではなかろうか。

仕事の打合わせだって、いまどきskypeとかzoomとかいう便利ツールを使えば大抵の距離は克服できる。そういう意味では地方移住・二地域居住のハードルは確実に下がっていると思う。そのうち忘年会や新年会だってオンライン参加が主流になるかもしれない。

いやいや、お酒はやっぱり生身の人間といっしょに飲むほうがおいしいに決まっている。この正月は、昨年の大病からリハビリを重ねて再び口からの飲食ができるようになった84歳の父と、まずは福島の酒で乾杯だ。新幹線とネットをうまく使い分けながら、来年は引きこもりにならないフリーランスを目指すぞ!それと、もうちょっと本業で稼ぐぞ!(笑)

今年も本ブログにお付き合いくださりありがとうございました。来年も気が向いたら読んでね。

 

 

 

 

とりあえず、振り返ってみました

あー12月だ。師走だ。年末だ。

私はこのクリスマスから正月のホリデーシーズンというものが、なんとなく好きではない。暦の上で1年が終わるからといって、なんだこの大騒ぎ。この浮足立った感じ。

うちはいつもきれいにしてるから特段の大掃除は必要ないし、実家にも毎月帰ってるのでファミリー・リユニオンという訳でもない。長い休みと言ったってたかが知れているし、そもそもフリーになってからは毎日がホリデーみたいなもの。私にとっての年末年始はカレンダーを架け替えて手帖を新しくするくらいで、何も特別なことはないのだ。

DSC03790

とはいえ、忘年会だの新年会だのという名目で、普段あまり会えない友人たちと会う機会が作れるのはうれしいことである。そして、過ぎた日々を振り返って反省するという行為も、特に私のような人間には折に触れ必要なことであるから、カレンダーが変わるこの時期、それもちょうどいいのだろう。

で、振り返ってどんな1年だったかというと、3月末にサラリーマンを完全にやめてフリーになり、生活がかなり変化したのは確かだ。総じて収入は減りコストが増えたので、年間の収支はトントンか少々赤字と思われるが、まあここまでは一応、想定内ではある。

福島に来てから早くも丸4年になるが、東京の勤めを辞めた時点で、私の中では経済的にどうのというよりも、新しい場所に行き、新しい人に出会い、新しいアイデアを学び、新しいことをやってみる、そういうことが優先であった。今年宮仕えを卒業したのは、それをさらに一歩進めるためだった。

……とか言えば恰好いいが、実はそう用意周到に計画したわけでもない。周囲に恵まれ、運に恵まれ、なんとかなっているだけである。ただ確実に言えることは、移住先でフリーになる前にサラリーマンを3年やっておいてよかった、ということだ。知らない土地でもまず組織に属せば、そこで得られる情報や人的ネットワークはやはり大きい。

そういえば、この4年で知友人の平均年齢は確実に若返った(笑)。若者はみんな東京に行って地方には高齢者ばかり、というのは物事を単純化しすぎ。私の東京の知友人は同年代ばかりだが、こちらでは20代30代とも話すことが多い。向こうはこんなオバサンをどう思っているか知らないが、私にとってはたいへん有り難いことだ。

以上、振り返っただけでちっとも反省してないが、どれだけ考えたところで物事はなるようにしかならない。と思っているような怠惰な人間も「来年の抱負」など捻り出さねばならないような気分にさせられるから、この時期は好きじゃないんだな、きっと。そもそも狩猟採集時代のホモ・サピエンスは…… いや、これ以上の請け売りはやめとこ(笑)。私はそんな世の中に影響されず、来年もその先も、あれこれ悩まず天命を待つだけにしようと思う(開き直りともいう)。もちろん、人事は尽くすつもりだけれどもね。^^

(写真はちょうど7年前の今ごろ訪れた、スリランカ・ニゴンボのホテルのクリスマス飾り。思えばこの後7年間、海外には一度も行ってないわ~)

 

 

 

 

 

 

 

農業とともに人類の不幸は始まりき(その3)

このタイトル、しつこいですか?すいません。でも今年の農家バイト体験は、私にとってそれだけインパクトがあったということなんですわ。日記ブログなのでお許しを。

「キュウリの収穫と箱詰め」という求人広告に応募したはずの農家バイトだが、キュウリの時期が終わっても、次は稲刈り、それからネギの収穫と出荷、その合間にキュウリ畑の片付け、と続いている。その話は(その2)に書いたとおりで、業務内容は募集広告からけっこう乖離してきているが、いろんな作物の栽培現場を見ることができて大変いい勉強になっている。

そして今週は、加工用の高菜の収穫・出荷というものを経験した。葉ものは初めてだ。これはあの、ミレーの「落ち穂拾い」の姿勢が永遠に続く、まことに腰にこたえる作業である。週の中盤は中通り地方でも氷点下になり、朝の高菜畑は一面の霜だった。前日に根っこを落としておいた高菜は地面の上で真っ白に凍みている。これをカゴに詰めていくのだが、まあ指先の冷えること。焚火をおこしてもらってなんとかなったが、一時は手がちぎれるかと思った。(写真とってる余裕がなかったので、下の写真はウィキから借用)

takana_1

収穫した高菜を入れたカゴは、ひとつ10キロ以上ある。それを2つずつ一輪車に載せ、畝の上を横切って運ぶのも、かなり体幹が鍛えられる作業であった。最終的には400に近いカゴ数になったはずから、畑を何度往復したことか(もちろん一人でやったわけではないが)。この農家バイト、10月末から勤務自体は週4回から2回に減らしてもらい、代わりにせっかく減った体重がリバウンドしつつあったが、この高菜で少しはまたシェイプアップしたかもれない。w

それにしても、夏は炎天下、冬は氷点下の屋外で、文字通り日の出から日没までのこういう身体的な重労働が、エアコンの効いた室内でパソコンをカタカタやっている9時5時の仕事よりも往々にして給料が低いというのは、なんだか腑に落ちない。この農家さんの時給が安いと文句を言っているわけではない。現代社会において、農業というものがそういう地位に甘んじなければならないことに、不条理を感じるのだ。

しかしながら、この不条理が何に発祥するかというと、やはり、1万年前の農業の誕生そのものなんである。食料が狩猟採集でなく「生産」されるようになると、人は定住し、人口が増加し、都市が生まれ、仕事が分化、つまり自分の食べるものを自分で作らなくてもよい階級の人々が誕生した。食料は徴税(年貢)のちには市場取引という形で調達すればよくなったのだ。狩猟採集に比べ、植物の栽培というのが重労働なのは自明である。そんな重労働を「農民」に任せられる都市部の人々は、その時間を他の「専門的」な職能開発に充てることができた。開発には教育投資が必要なので、その職能への対価は投資回収分を含んでどうしても割高になる。

DSC_2315

というのは、「サピエンス全史」に多分に感化された私が勝手に考えた理屈であり、実際には農業にもそれなりの専門性が要求されるのだが(特に現代農業には肥料や農薬、機材の知識は必須)、世間一般には、一度になるべく多くのネギを折らずに引き抜く技術や、空を見て3時間後の天候が予測できる能力よりも、エクセルやパワポを使いこなすスキルのほうに高い値段が付きやすいのは事実だろう。

と考えると、その点「兼業農家」というのは折衷案的に優れた選択肢なんだな。もっとも兼業の度合は様々だが、サラリーマンやりつつ自家消費分だけのコメや野菜を作っている世帯も含めれば(これは農水省統計の「兼業農家」定義には当てはまらないらしいが)、実は兼業農家は大都市圏以外の日本国民のわりとデフォルトな生活形態なんじゃないかと思う。昨今は、都市住民が志向するライフスタイルとして半農半Xというシャレた言い方もするようだが、人間は自然にそういうバランスをとるように設計されてるのかもしれない。

さて、私もいつから半農生活に入れるでしょうかねぇ… まずはベランダ菜園からかしらん。